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「忘れ去られていく風土病 ― 野兎病って何?」を聴講して

山形厚生病院 院長 大原 義朗 先生山形厚生病院 院長 大原 義朗 先生

はじめに

講師の大原義朗先生は、もともとは神経内科医でしたが、金沢医科大学で微生物学の教授として、多発性硬化症の研究、特にマウスに脱髄を引き起こすTheiler’s murine encephalomyelitis virus(TMEV)の研究をしておられました。大学を定年ご退任後、山形厚生病院院長に着任され、東北の医療に貢献しておられます。野兎病は現在あまり発生していませんが、一方で生物兵器への応用が危惧される感染症です。今回の講演では、講師の大原先生に、御祖父・大原八郎先生が野兎病を発見した経緯と歴史を中心に、野兎病の疫学、臨床、現況についてお話いただきました。さらに最後に、ご自分の専門のTMEVの研究についても少し時間を割いてお話くださいました。

概要

野兎病とは

野兎病とは、グラム陰性桿菌である野兎病菌Francisella tularensisによる急性熱性疾患である。感染力が強く、本邦では発症者の約94%が野生のウサギ由来で感染することから、野兎病と名づけられた。英語表記はTularemiaで、これはアメリカ・カルフォルニア州のツラレ郡で流行していたため(「ツラレ血症」という意味)名づけられた。

近年の日本においては発生は少なく、1999年に1例、2008年に5例が報告されたのみであることから古い病気とみなされているが、一方で、その感染力の強さと米国で見られる本病原体の病原性の高さから生物兵器として用いられる懸念があり、それを用いたテロなどを考えれば、いつどこで発生するかわからない点では新しい病気とも言える。また、世界では、現在も北欧・ロシアで多くの患者が発生していることから、野兎病はまだまだ忘れてはならない感染症である。

野兎病の歴史

世界においては、アメリカで研究が盛んであった歴史があり、1911年から1912年にかけてMcCoyとChapinによって、野兎病菌が分離されている。この2人の他に、Francisの多大な貢献があり、野兎病菌の学名にもその名前が入っている。しかし、世界で最も古い野兎病の文献は日本の本間棗軒が記したものであり、1837年(天保8年)に「瘍科秘録」で食兎中毒について紹介されている。本邦ではその後、大正時代になって大原八郎氏が野兎病の研究を発展させた。

大原八郎氏は福島県伊達郡伊達町に生まれ、幼い時から医師を目指し、学業を積み医師となった。大原病院の息女と結婚し婿養子となり、大原病院に勤務していた大正13年に、野兎病患者を診察したことが野兎病の本邦での発見につながった。患者は福島県阿武隈山地の山間部部落の人で、最初は梅毒が疑われた。大原氏が問診したところ、同じ部落民にも同症状の患者が多数おり、さらに近県の医師仲間に対して情報収集を行ったところ、その部落以外の福島県の他地方や隣県においても同症状の患者が発生していることが明らかとなり、新しい病気を疑って研究を始めていった。同じ頃、東北帝国大学の医師らも野兎病の研究を始めており、彼らはスピロヘータもしくは濾過性病原体(ウイルス)が原因病態であるという説を唱えた。しかし、大原氏は細菌説を提唱し、最終的には大原氏の妻・りきと他2人の人体感染実験によって大原氏の細菌説が実証された。りきは、この人体感染実験で、野兎病に感染する可能性が高い実験の対象者となることを志願した。りきは日頃から大原家の婿養子となってくれた大原氏に感謝の気持ちを抱いており、夫の役に立ちたいという純粋な気持ちで志願したのだった。

大原氏は、Tularemiaの研究者Fransisに論文を送り、その後Francisは、大原の野兎病とTularemiaが同一疾患であることを確信し、そのことを証明した。その後、野兎病菌の純粋培養の成功、病原体を媒介する‘オオハラマダニ’の発見などにより、野兎病の詳細が解明され、1939年の第三回国際微生物学会での招待講演を依頼されるなど、大原氏の野兎病研究は世界的に認められていった。大原氏の逝去後は嘗一郎氏が大原氏の文献を頼りに研究を再開し、戸田正三氏をはじめ、中島健蔵氏、山中太木氏、本間守男氏など多くの研究者に支援されながら、野兎病研究を推進していった。

野兎病の疫学

野兎病菌は、短桿菌で多形性が強く、菌染色による形態学的同定は困難である。特殊な培地でしか培養できないため培養も難しく、鑑別には血清学的検査が必要となる。北緯30度以北の北半球に広く発生している。日本に分布している野兎病菌は北アメリカからユーラシアに広く分布する弱毒種だが、北アメリカのみに分布するものは強毒種であり、バイオテロへの悪用が危惧されている(バイオセーフティレベル3)。

日本ではこれまで約1,400例の患者が報告されており、東北地方と千葉県・茨城県が濃厚汚染地帯である。第二次世界大戦直後の20年間は野兎病が最も報告され、1年に平均で64.8件の患者発生があったが、その後は数も減り、現在はほとんど患者が発生しない感染症となった。1年を通じては、冬期と春期に患者発生のピークがあり、どちらも山野に分け入り食料を捕獲する時期と重なっている。感染源は野兎で、発症者の約94%が剥皮作業や料理で感染していたが、近年は、マダニからの感染が増加している。高齢者・女性の罹患率が高まっているのは、現在の農業経営状況の変化と一致している。

野兎病の臨床と治療

野兎病の感染経路は、野兎のほかには、感染媒介をする吸血節足動物や野兎病に汚染された飲食物も考えられる。潜伏期は7日以内が多く、臨床症状は、風邪様の全身症状に加え、リンパ節の腫脹・膿腫化がみられる。リンパ節腫脹は全体の83%にみられ、主な病型だが、リンパ節腫脹を伴わない病型もあり、これらは腸チフスと類似した症状や胃症状がみられる。診断のポイントは、(1)野兎との接触、(2)リンパ節の腫脹、(3)山野への出入りである。野兎病菌は、原発巣や摘出リンパ節からは分離されやすいが、血液、尿からの分離は難しいとされている。また、抗生物質の投与を受けた患者からの野兎病菌の分離は難しいので、血清学的診断(菌凝集反応)が主な診断法である。日本において野兎病による死亡例はない。b-ラクタム薬は効果がなく、ストレプトマイシンにテトラサイクリンを併用する治療が一般的である。

野兎病の今後

現在は患者の発生はほとんどないものの、自然界の野兎病はなくなってはいないうえに、レクリエーション等で人が山野を歩く機会が多くなっており、北欧では今も年間約100例の患者が報告されている。こうしたことから、今後も本邦で野兎病が発生する可能性はあると考えておいたほうが良いであろう。

また、野兎病が生物兵器として応用される可能性も忘れてはならない。生物兵器として野兎病が使われる可能性を危惧する要因は、(1)感染力が極めて強い、(2)強毒性肺型の菌種の場合、治療しない場合は致死率が高い(30~60%)、(3)治療しないと症状が長く続く、といった点にある。WHOのシミュレーションによると、500万人の都市上空で50kgの野兎病菌をエアロゾールとして散布すると、約25万人が発症し、約1.9万人が死亡し、その後数週間にわたって患者の症状が持続するとともに、患者の再発も数か月続くとされている。都市機能が損なわれるだけではなく、経済的損失が高く、暴露10万に当たり54億ドル(500億円)の損失となる。

大原病院の保有していた株は、国立感染症研究所(感染研)や岐阜大学に移管されており、迅速診断法・遺伝子型別法の開発や、野生動物の抗体保有状況調査・病原性遺伝子の同定などの研究がおこなわれている。

最後に、大原先生がご自分のライフワークのタイラーウイルスの研究について語って下さいました。この部分については、以下のように秋田大学の丸藤君が、担当してくださいました。

大原義朗先生のライフワーク―タイラーウイルス(Theiler’s murine encephalomyelitis virus, TMEV)について

秋田大学医学部4年 丸藤 雅大

TMEVは、ピコルナウイルス科に属する一本鎖RNAウイルスであり、マウスに感染し脱髄や脳脊髄炎を起こすことが知られている。このウイルスは、黄熱病ワクチンを開発した功績を称えられ、1952年にノーベル生理学・医学賞を受賞したMax Theiler博士により発見された。

TMEVは、GDVII株に代表される急性亜群とDA株に代表される慢性亜群と分けられる。GDVII株は強毒性であり、マウスに急性の灰白脳脊髄炎を引き起こす。一方、DA株は弱毒株ではあるが、マクロファージに持続感染し、免疫学的機序を介して脱髄を生ずる。

ディスカッション

Q1

福島県県北保健所 門馬さん福島県では2015年6月に、野兎病の患者報告があった。福島県は東日本大震災の影響によって従来に比べ多数の野生動物が人里近くに現れているという問題もあり、まだまだ野兎病が発生する可能性がある。人体感染実験についてだが、健康な皮膚に入るメカニズムはどのようなものか?(福島県県北保健所 門馬さん)

A

傷ではなく皮膚から侵入すると文献には書いてあるが、メカニズムは分かっていない。

Q2

岩手大 宮本さんバイオテロで空中散布されたとき、診断は簡単ではなく遅れると思うが、どう診断するとよいか?(岩手大 宮本さん)

A

ビジュアル、肺型、全体的に診断のポイントで話したことなどで診断する。
−Q テロ対策はあるのか?
−A 国としてはテロを想定して感染研でシミュレーションはされている。

Q3

東北大学 中村さんバイオテロに関してだが、米軍の強毒株の研究はされているか?(東北大学 中村さん)

A

よくわからない。弱毒性のワクチン株利用の研究はされている。

Q4

山形大学 岡本さん東北に比べ千葉は暖かいが、どうして野兎病が発生するのか?(山形大学 岡本さん)

A

よくわかっていないが、世界的に北緯30度以北で発生することは分かっている。

Q5

皮膚に病原体を塗布する場合には、そこに傷がないかくらいよく見るだろうから、そんな傷もないような皮膚から感染するというのは考えられないと思うのだが・・? (西村先生)

A

本間先生傷がないように見える皮膚でも、顕微鏡的に小さな傷はあるものだ。 (本間先生)

Q6

診断は血清型的診断で行うのか?(増田先生)

A

現在はPCRでの病原体の迅速診断法が主流である。

−Q 動物のサーベイランスは行っているのか?

−A 感染研が調査している。

Q7

秋田大学 丸藤さんマウスにTMEVを感染させることによって髄鞘が破壊され、多発性硬化症のモデルマウスが作成されるとのことだが、この反応はウイルスがオリゴデンドログリアに感染して髄鞘を破壊するために起こるのか、それともウイルスに対する免疫応答の結果生じるものなのか。また、ウイルスとオリゴデンドログリアの抗原性が類似しているため髄鞘が破壊されるということも考えられるか?(秋田大学 丸藤さん この質問が7月19日のベストクエスチョン賞を受賞している)

A

現在はウイルス感染によって惹起されたT細胞性の免疫応答によって髄鞘が破壊されるとする説が主流である。タイラーウイルスと髄鞘のオリゴデンドログリアの抗原性が類似しているため反応が起こると考える研究者もいる。

感想

福島県衛生研究所 微生物課 柏木佳子大原先生には、本邦の野兎病の発見の経緯と疫学・臨床について、詳しくわかりやすくご講演いただきました。物語を聞くように面白く興味深く聴講いたしました。ディスカッションでも、門馬さんがおっしゃっていますが、今年福島県では野兎病患者発生報告がありました。野兎病とは?と思っていた矢先、先生の講演を聴講することができたのは幸いです。本当にありがとうございました。

みちのくウイルス塾へは2回目の参加です。このような素晴らしい学びの会を作ってくださった西村先生とウイルスセンターの方々に深く感謝申し上げます。

福島県衛生研究所 微生物課 柏木佳子

 

 

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