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「日本で発見された成人T細胞白血病とその原因ウイルス」を聴講して

東北大学名誉教授・宮城県病院管理者 菅村 和夫 先生東北大学名誉教授・宮城県病院管理者 菅村 和夫 先生

概要

この2月に亡くなられた日沼頼夫先生の追悼講演であった。日沼頼夫先生は、秋田県の出身で東北大学にて研究をスタートさせ、世界を代表するウイルス学者となられた方である。その中でも最も有名な成果である、「成人T細胞白血病の原因ウイルス同定」までの道のりに関して、研究の様子を日沼先生のことばを交えながらお弟子さんである菅村和夫先生が講演してくださった。菅村先生は日沼先生の熊本大学時代からのお弟子さんでHTLV-1発見時も日沼研究室に所属していたという方である。

日沼頼夫先生ご略歴

日沼先生は八森、ハタハタ、ぶりこで有名な秋田県山本郡八森でお生まれになった。多くは語られなかったが、戦時中、陸軍士官学校で旗手を務め、終戦時は軍旗の焼却に立ち会ったという。戦争から戻って東北大医学部で勉強を再開され、卒業後は、小児科に入局され、その後、細菌学教室に移られ1951年から1958年まで抗生物質の探索をされていた。

1958年から1960年までペンシルベニア大学でポリオウイルスの研究を、1965年から1967年にローズウエルパーク記念病院でEBVの研究を行われた。EBVの研究は東北大学、熊本大学と場所を変えながらも1980年まで続けられ、同年に京都大学に移られてからはHTLV-1の研究に着手、定年を迎える1988年まで続けられた。そこから2000年までは塩野義製薬にて研究所長、副社長としてHTLV-1やHIVに関する抗ウイルス薬の研究を行っていた。

2009年に文化勲章を受章され、2015年2月にその生涯を閉じられた。成人T細胞白血病/リンパ腫(以下ATLLと略す)原因ウイルス発見の功績はヒトレトロウイルスの初同定であり、後のHIVウイルスの同定にも貢献したことからノーベル賞級の発見と称されている。生前日沼先生は、「実験科学者は論文を書いて初めて実験したことになる」とよく教え子たちに説いていたという。

ATLLに関して

ATLLの発見物語は1973年、京都大学病院の診察室から始まった。血液内科の高月清先生は、少し変わった白血病患者に出会った。普通のリンパ性白血病がBリンパ球由来であるのに対し、その患者の白血病細胞はT細胞由来であった。しかも、白血病細胞の核は、大きくくびれた花びらのような形をしていた。50歳代の女性患者は鹿児島出身であった。T細胞と「鹿児島出身」を手がかりに高月先生は、この病気が九州出身者に多いこと、多くに皮膚病変があること、成人のみが罹ることを明らかにし、1977年、この病気を「成人T細胞白血病」と名付けた。英語名は、日本語をそのまま訳したAdult T cell leukemia(ATL)である。どうして発見されたのが京都でATLL多発地域である九州ではないのか。九州ではこの「花びら状のリンパ球」が見られることがそう稀ではなく、現地の医師はこれを見ても新しい病気と関連付けられなかったからである。「物事の渦中にいるときは気づくものも気づかない、客観的な視点が欠けるものである」ということのよい例だと菅村先生はおっしゃっていた。

HTLV-1の同定

ATLLが発見された当時ヒト以外の動物では、白血病の原因となるレトロウイルスは多く見つかっていた。しかしヒトのレトロウイルスだけは見つかっておらず世界中の研究者が血眼になって探していた。そんな折、日沼先生は熊本大学から京都大学ウイルス研究所に移られATLLの存在を知った。培養されたATL患者由来の白血病細胞(MT-1細胞株)に患者由来の血清を反応させ蛍光抗体法を用いて染色したところ極めて率は低いものの緑色に光る細胞があることを見出した。それはこの細胞と反応する抗体が患者に共通して存在することを意味していた。日沼先生はウイルスに対する抗体に違いないと直感した。世界中の研究者が必死で追い求めていたヒトがんウイルスが、顕微鏡の下に初めてその影を見せた瞬間である。この直感は単なる勘ではなかった。それまで長年やってきたEBVの研究の経験が生きたものであった。日沼先生とその教え子の永田先生はEBVの研究から間接蛍光抗体法の染まり方にも様々あるということを学んでいた。そしてその経験から、一見極めて少数の細胞しか染まらないような像であっても非特異的反応でたまたま光ったのではなく、ウイルスに違いないという確信が生まれたのである。日沼先生はいう。「偶然か必然か:研究に棚からボタ餅はない」と。

次に、この白血病細胞が実際にウイルス粒子を作り出すことを証明しようと、電子顕微鏡による観察を開始した。最初、同じ研究所の高名な電子顕微鏡学者に依頼したが、そのようなものは見つからないという返事が返ってきた。しかし、日沼先生は諦め切れずに、大阪医大の中井教授に依頼した。すると中井先生は「日沼先生がそう信じるのであればきっとウイルスが居るはず」と、丹念に調べられた。他のウイルスが混入することのないように資料の管理に細心の注意を払いながら徹底的に観察され、その結果、とうとうMT-1細胞からウイルスが出芽している電子顕微鏡像を撮ることに成功した。自分の予想を信じる「実験科学者に必要なポジティブ思考」の体現である。

ただし、この話は必ずしも最初に依頼を受けた顕微鏡学者の先生が手を抜いたという意味ではない。後日談として、大阪医大に細胞を送るときにはIUdR処理によってウイルスを誘導していたため発見しやすくなっていたということも明かされている。予想を信じて創意工夫を重ねた結果である。

その後、岡山大学の三好先生が成人T細胞白血病患者(女性)のリンパ球に、臍帯から分離した健康な細胞(男性)を混ぜて培養した。正常細胞によってがん細胞が増えやすくなることを期待したのである。こうして作ったMT-U細胞株は、培養を始めて2ヶ月後、急速に増えるようになった。だが、その細胞を調べて驚いた。それは、女性のATL患者の細胞ではなく、健康な男の子由来の細胞であったのである。これが意味することは「患者の白血病細胞(ウイルスが)、正常の細胞を白血病細胞に変えた、トランスフォームした」という驚くべき事実である。このウイルスが正常リンパ球に感染し、細胞を不死化することを図らずも証明したともいえる重要な発見でもあった。それに続いてウイルス遺伝配列の決定や逆転写酵素の発見などの成果が立て続けに出され「ATLL患者は例外なくHTLV-1に感染しウイルスが原因で発癌している人たちである」ということが証明されたのである。

HTLV-1とATLL

HTLV-1の感染経路としては1)母子感染(経胎盤、経産道、母乳)、2)輸血による感染:血球成分、3)性交感染(男性から女性)が考えられる。ATLLの疫学としては、HTLV-1のキャリアが日本に100-200万人、世界で1000-2000万人いる。キャリアの生涯ATLL発症率は約3%で、発症の年齢ピークは70歳前後。平均生存期間は型によって異なり、急性型は11か月、リンパ腫型は20か月、慢性型は24か月、くすぶり型は3年以上である。治療法としてはCHOP療法、LSG15療法、エトポシド単剤、造血幹細胞移植、モガリズマブ(抗CCR4抗体)、IFNα/AZT療法、樹状細胞ワクチン療法(実験段階)が挙げられる。

関連疾患としては、HTLV-1関連脊髄症(HAM)、HTLV-1関連ブドウ膜炎(HU)などもある。現在考えられているHTLV-1感染からATLL発症までのプロセスとしては以下のようなものがある。すなわち、HTLV-1が感染することでT細胞に増殖シグナルを送り、それによって、感染したT細胞はIL-2を排出し、そのIL-2が自己のIL2受容体に結合することでさらに自律増殖が促される。そうした自立増殖をするようになった細胞が数十年の経過のうちにgeneticに加えてepigeneticな異常を蓄積させることによって発癌にいたるという考えである。

感想

秋田大学 医学部5年 福島 大喜HTLV-1を発見したひとが日本人であることは知っていたが、まさか今自分の住んでいる秋田出身の方でノーベル賞も有力視されていた方だったとは全然知らず、興味を持って聞くことができた。調べてみると熊本大学、京都大学名誉教授、文化勲章受賞、八森町名誉町民、八峰町名誉町民、秋田県名誉県民と秋田の名誉賞を総なめにしていた。HTLV-1の発見の経緯において用いられた間接蛍光抗体法では、100個に1個の細胞しか発光しなかった。通常の研究者ならアーチファクトとして見逃すとことである。しかし、日沼先生はEBVの研究で培われた自分の手技を信じ、陽性として実験を進めたこと、そしてそれを信じて、ともに歩んでくれた電子顕微鏡学者の協力が、HTLV-1の発見につながった。最新の技術をしっかりと学び、ゆるぎない自信とポジティブ思考でそれを活用していくことの大切さを学んだ。逆にそれをそれだけ自信の持てる武器にするだけの修練を積む大切さを学んだ。また日沼先生ならばEBVの研究といった、今までの積み重ねと諦めない不断の努力によってしかセレンディピティは生まれてこないということがわかった。私には臨床で得た疑問や患者の声を研究して解決し、社会に還元したいという目標がある。その目標を実現させるためにも、今回の講演は研究に対する姿勢や考え方を学ぶことができとても有意義な時間を過ごすことができた。

秋田大学 医学部5年 福島 大喜

 

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