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「節足動物が生み出す次世代の抗菌物質」を聴講して

右:久光製薬株式会社筑波研究所研究員 三好 就英 先生 左:東北大学農学研究科生物産業創成科学専攻 両角 一輝さん

   右:久光製薬株式会社筑波研究所研究員 三好 就英 先生
   左:東北大学農学研究科生物産業創成科学専攻 両角 一輝さん

概要

1980年代後半あたりから、臨床的に重要な細菌種の抗菌薬への耐性化および蔓延が、急速に進行している。その代表と言えるのが薬剤耐性黄色ブドウ球菌である。このような耐性菌との戦いは、21世紀の感染症学・化学療法学において最も重要なテーマの一つとされている。こうした背景のもと、通常の抗菌薬と異なるなりたちを持つ新規抗菌剤候補として抗菌ペプチドが期待されている。たとえば節足動物は、種々の強力な自然免疫で病原体から自身を守っているが、抗菌ペプチドはそのひとつである。マダニは吸血性の節足動物であるが、私達のグループは、シュルツェマダニの吸血部位やマダニ体内から黄色ブドウ球菌が分離されないことを見出し、アミノ酸配列や発現部位が報告されているシュルツェマダニ由来抗菌ペプチド(persulcatusin;IP)に注目した。そして、このマダニ抗菌ペプチドの構造をホモロジーモデリングにより予測解析し、それに基づいて合成したIPを用いて、薬剤耐性黄色ブドウ球菌に対する活性や哺乳類細胞に対する毒性試験を行い、薬剤耐性黄色ブドウ球菌に対する新規抗菌薬としての可能性を示した。

抗菌ペプチド

感染防御の最前線を担う上皮細胞や好中球などは、自然免疫機構において抗菌ペプチドを産生し感染症や癌の発症抑制に関与していることが明らかになってきた。天然物リガンドとしての抗菌ペプチドは、ひとつの標的タンパク質と結合する鍵というより、複数の標的を持ち、多彩な機能を有する鍵束と考えられる。そして、構造修飾によって劇的に活性強度や作用が変化する。

抗菌ペプチドは、病原性微生物の感染から宿主を守るための自然免疫の一つであり、細菌から植物、無脊椎動物、脊椎動物にわたる広い生物種に存在する。自然免疫の主要な機能は、炎症応答からはじまり、侵入してきた病原体の体内での拡散を抑え、駆逐することにあるが、さらにその後に炎症や免疫応答を解除する制御メカニズムも有する必要がある。抗菌ペプチドはまた、宿主防御ペプチドとして感染、炎症だけでなく癌細胞の制御にもかかわるような多機能性を有し、生体の恒常性に寄与している。感染に際しては、その多機能性は、免疫系の賦活化を介した微生物感染に対する直接作用だけでなく、感染部位での微生物の排除や炎症の抑制などにも及ぶ。抗菌ペプチドは、構造的には通常50アミノ酸残基以下のショートペプチドであり、その多くは+2から+7の陽性荷電を有し、50%以上の疎水領域を持っている。

節足動物(マダニ)由来抗菌ペプチド

節足動物は現在までに100万種近くが確認されており,実に地球上の全生物種の約8割を占めると考えられている。昆虫やダニなどの抗菌ペプチドは、感染の際には循環系に微生物が侵入したときにhemolymphで発現が誘導され、その結果、殺菌や微生物の増殖が抑制されると考えられている。このような全身性の応答に加えて、局所でも抗菌ペプチドは組織特異的に発現している。また節足動物の抗菌ペプチドは生理的条件下(塩濃度、pH、プロテアーゼ存在)でも活性を有し、哺乳類の細胞に対しては低毒性である。彼らの繁栄は自然免疫の機構を発達させてきたためとも考えることができ,そのためその発達に、進化的に大きく関わってきたと思われる抗菌ペプチドの探索が行われてきている。

シュルツェマダニ由来抗菌ペプチド(persulcatusin;IP)に対して、同マダニの中腸に共生している細菌やライム病ボレリアは抵抗性であり、哺乳類の皮膚などの常在菌であるブドウ球菌は感受性であることから、このIPが共生決定のふるい分けに関与することが示唆された。IPの立体構造の特徴は哺乳類デフェンシンとは異なり、昆虫デフェンシンとよく似ている。我々は3対のS-S結合を分子内に持ち、やや折れ曲がったラグビーボール状の構造を想定している。

MRSA

日本において、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)といった薬剤耐性グラム陽性球菌、さらに多剤耐性緑膿菌(MDRP)、多剤耐性アシネトバクター(MDRA)といった薬剤耐性グラム陰性桿菌による感染症の拡大が医療機関において大きな問題となっている。そのうえ、市中感染型の薬剤耐性感染症も増加している。2015年5月のWHO総会では、「薬剤耐性(AMR)に関するグローバル・アクション・プラン」が採択され、国内でもその対策が行われている。

動物用抗菌性物質については、疾病の治療を目的とした動物用抗菌剤や、飼料中の栄養成分の有効利用を目的とした抗菌性飼料添加物として広く使用されている。動物における薬剤耐性菌については、動物分野の治療効果を減弱させるほか、薬剤耐性菌が畜産物等を介してヒトに伝播し、感染症を引き起こすような場合には、治療を目指した使用の効果が十分に得られなくなる可能性も指摘されている。

MRSAは、黄色ブドウ球菌の治療薬のβラクタム系抗菌剤(ペニシリン、メチシリン、クロキサシン、オキサシリン、第1・2・3世代セフェム)に耐性を獲得したもので、その耐性遺伝子はファ−ジを介したプラスミド上の耐性遺伝子や由来不明のmecAで伝搬される。その存在する「ブドウ球菌カセット染色体」の塩基配列の違いから、mecAは、大きくT・U・Vに分けられている。また、この3タイプの分類とは別に、黄色ブドウ球菌はリボゾームRNAのリボタイピングにより53種類に分類されるが、これらをさらに大きくA・B・C3つのタイプに分類したものがある。これらの、カセット染色体によるT・U・VとリボタイプによるA・B・Cのとの組合せにより、世界には5つのクローンのMRSAが存在していることが明らかになっている。このカセット遺伝子中にβ−ラクタム耐性、マクロライド抗生物質耐性、アミノ糖抗生物質耐性、テトラサイクリン耐性などの種々な抗生物質耐性遺伝子があり、実験的に黄色ブドウ球菌の染色体への出し入れが容易である。MRSAと感受性株間の違いはこのカセット遺伝子を有すか否かである。

現行のMRSA対策

現在は多剤耐性MRSAが主流となり、その治療の切り札としてバンコマイシンが用いられている。一方で、バンコマイシン耐性を獲得したヘテロ耐性MRSAやバンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)が、国内外で院内感染を引き起こしている。さらに、近年バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)による院内感染の急速な広がりが報告され、VREからバンコマイシン耐性遺伝子がMRSAに伝搬されることが危惧されている。

次世代の抗菌物質

シュルツェマダニの吸血部位やマダニ体内からブドウ球菌が分離されない理由として、抗菌ペプチドIPの関与が考えられてきた。このマダニ抗菌ペプチドの構造をコンピュータ上で行うホモロジーモデリングにより予測解析したところ、アミノ酸配列でS-S結合を持たない構造では、サンプリングされた構造はいずれもα1β1モチーフを取っておらず、ペプチド鎖がランダムな構造を取っていた。αヘリックス構造の一部分はシミュレーションの過程で比較的構造が保持されていたが、βシート構造はほとんど観察できず、ランダムなコンフォメーション(立体構造)をとることがわかった。一方でS-S結合をもつ構造では、3組のS-S結合、αへリックス、ββシート構造が観察され、分子動力学シミュレーションにおいて最も安定な状態と考えられた。S-S結合を持つ構造体と持たない構造体で抗菌活性を比較したところ、抗菌活性はS-S結合を持つ構造体のほうが高い抗菌活性を持つことが分かった。このことから、マダニ抗菌ペプチドの抗菌活性に立体構造は重要な役割を演じていることが分かった。我々は、予測された構造に基づいてIPを合成し、それを用いて薬剤耐性黄色ブドウ球菌に対する抗菌活性や哺乳類細胞に対する毒性試験を行い、薬剤耐性黄色ブドウ球菌に対する新規抗菌薬としての可能性を提案している。

抗菌メカニズムの解明

今回の講演では、通常のMRSAに対するバンコマイシン(VCM)のMIC値は1μg/mlであり、IPのMIC値を調べたところ2μg/mlであった。一方、他のマダニ抗菌ペプチドではこのような強い活性は見られなかった。また、VCMのMICが32μg/ml以上であるVRSAに対しても、IPのMIC値は2μg/mlであり、強力な抗菌活性を示した。IPは、カルセイン漏出アッセイで、膜孔形成作用があるNisinと同様、MRSAとVRSAの両者に対してカルセイン漏出率を増加させた。また走査型電子顕微鏡(SEM)による菌体膜の観察によって、IP処理による細菌膜の障害が確認された。

またウシの線維芽細胞や腸管上皮細胞、ヒトの線維芽細胞を用いた実験で、IPは高濃度条件でも細胞数やDNAに影響を与えず、またヒト赤血球に対する溶血活性もを示さなかった。

感想

今回初めて、「みちのくウイルス塾」に参加させていただいたが、講師の三好先生とは、同じ研究室で病原細菌に対して共に戦った古き同志である。我々の研究室では、微生物、特に細菌に関する様々な研究が行われている。その中に、三好先生が興味を持たれたのは、新規抗菌薬剤開発のための基礎研究であった。研究に対する熱意が誰よりも強い三好先生は毎日昼夜を問わず実験に没頭し、新しい分野を切り開くために頑張っていた。その一心不乱な姿は今でも自分のまぶたに焼き付いており、研究室全員が見習うべきお手本であろう。なお彼は、時に「ダニ音頭踊り」を披露するなど、おちゃめな面も見せていたことも付け加えておく。

時は平成二十九年の夏、陸奥の国、仙台、国立医療機構・仙台医療センターの西村秀一先生の呼びかけに応じて、三好先生は再び、この陸奥の大地に御出でなされ、「みちのくウイルス塾」の講師として熱く研究を語った。一つのテーマに取り組んだ責任感を持つ研究者として、同じく感染症と戦う戦友たちに、そのハートを伝えてくれた。

抗生物質の乱用のゆえに出現し、三十年以上の時を経た現在でも医療現場で院内感染を引き起こすMRSAなどの薬剤耐性菌が問題となっている。講演はこれに対抗するマダニ由来抗菌ペプチドの物語である。三好先生の足元にも及ばないが、自分も世の中で感染症で苦しんでいる人々に微力ながら役立つように、研究を行っている。同じ時期を過ごした友人の講演を拝聴するのは自分にとって大きな喜びである。このような機会を賜った西村先生およびウイルスセンターの皆さまに心より感謝申し上げます。

東北大学 農学研究科 動物微生物分野 博士一年 許駿東北大学 農学研究科 動物微生物分野 博士一年 許駿

 

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