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地域のパンデミックプランニング 2003年 第1号 
新型肺炎SARS台湾視察報告 トップダウンで感染防止を果たした台湾に学べ!

国立仙台病院臨床研究部病因研究室長 西村秀一

成田赤十字病院第四小児科部長 野口博史

財団法人交流協会総務部副長 高山美果

WHOは七月のはじめに地域流行の終息宣言を行い、新型肺炎SARS問題はひとまず乗り越えた感があります。しかし、この冬の再燃を指摘する声もあり、油断はできません。実際に日本でSARSが発生したときの対応を考える上で、多数の患者を経験した国々の経験は、大変貴重です。私たちは5月末、厚生労働省の協力のもと財団法人交流協会の感染症対策チームとして台湾に派遣され、そこで多くの医療・行政関係者と会い、反省点を含め多くのことを学んできました。本稿では、そこでの教訓をご紹介します。

無防備な救急外来からSARS感染が拡大

台湾におけるSARS可能性例流行曲線台湾で発生したSARSは、中国本土から帰ってきた人が3月14日に発症し、家族内感染を起こした例に始まります。その後、約4週間で計28例のWHO定義による可能性例が出ましたが、この時点までは事態は十分コントロールされていたようです。ところが、その後、患者が急激に増え始め、一か月後には全土で483例の可能性例(2003年5月22日時点)と60人の死者を数えるにいたっています(図1)。

インデックスケース(初発患者)はいまだ特定されていませんが、1人あるいは複数の患者が何の前触れもなしに無防備な救急外来を訪れ、しかも複数の医療施設をはしごしていたために始まったのではないかと考えられています。そして、情報疎通の悪さも含めた現場の混乱が、医療従事者や来院したほかの患者やその家族の感染に拍車をかけ、少なくとも6つの大病院で院内感染が起き、5つの病院で救急外来の閉鎖や通常業務の中断を余儀なくされ、さらに市中にまで広がったのです。SARS可能性例中に医療従事者が占める割合は約14%でしたが、きちっとした設備と装備のもとあらかじめSARS患者とわかっている患者を扱った病棟では、院内感染はまったく起きていないか、ほとんど例外的な事故しか起きていないということがはっきりしています。

SARSを盲目的に怖れる必要はない、ことに救急外来が感染の場になりやすいことから初期診療の場を守ることがSARS院内感染防止のポイントになるというのが、台湾の医療関係者が私たち日本に送ってくれた一番のアドバイスでした。

院内感染防止策としてDVDなどで教育を実施

SARS患者受け入れ病院と陰圧個室の整備

台湾栄民病院SARS病棟の概観私たちが訪れたのは、台湾大学と台湾栄民病院という台北を代表する病院でした。台湾では当初、さまざまな病院で患者を受け入れていましたが、多くの問題が起こって結局は受け入れ病院を指定することに落ちつきました。準備の整った施設でしっかりとコントロールしようという考えです。6月上旬までには、全国にあらたに12のSARS治療病院が設置され、これにともない種々の点でWHOの勧告どおりに基本に忠実にSARS患者の治療施設が整備されていきました。5月中に台湾全土で1,000室の陰圧個室があらたにつくられて合計約1,700室の陰圧個室が稼動していたのも、その一環です。

病院外発熱外来の設置

台湾の病院では、救急医療が感染の場になっていたという反省をふまえ、発熱患者を安易に院内に入れない工夫をしており、どの病院でもまず玄関で来院者全員の体温測定が行われていました。

また、センター病院および主要地域病院の敷地内には、外来患者のトリアージを目的に放射線撮影装置や諸検査機器を備え、陰圧個室をいくつも備えた本格的な発熱外来が設置されていました。ここで患者間の交差感染を防ぎつつトリアージが行われます。明らかなSARS患者は検査の結果、即入院となり、明らかな非SARS患者はSARS治療の場から除外されます。一番問題なのはその場では判断のつかない患者ですが、ここに設置された陰圧個室には、患者同士の交差感染を防ぎながらある程度の期間、経過観察するための仮入院施設の役割も担っていました。このような施設は、台北市内にあるそれほど規模の大きくない一般病院の敷地内にも設置されているのが垣間見られました。説明によると、台湾全土で約100施設あるそうです。

DVDや教育フロアでの医療従事者教育

設備が整っていても、職員の感染防御の知識や技量が未熟であれば役には立ちません。台湾大学付属病院では、SARS病棟と同じ構造のシミュレーション教育専用のフロアが設けられ、新しいスタッフに対し、陰圧室への入り方、マスクやアイソレーションガウン、ゴーグルなどの防護用品の装着・脱着のしかたや手洗いの教育が行われていました。このような教育が行き届いている台湾大学付属病院や台湾栄民病院などの病院は、地域の病院に対する教育・訓練指導の役割も持ち、それらの病院の指導や応援に行ったり、外部からの研修も受け入れていると言います。また、患者のトリアージや入院隔離のための感染対策マニュアルがいち早くできあがっており、台湾大学はそれらを標準化し、地域の医療機関に提供するためにさまざまなスポンサーを得て、SARS解説のDVDソフトをつくって無償で配っていました。

もう一つ非常に印象深いことは、台湾大学では十分経験を積んだ上級医師の指導の下、医学生もSARS治療の現場に敢えて参加させていたことです。きっちりとした装備・手順のもとに治療をしていれば、院内感染はむしろ例外であるという自信の表れであると同時に、今後SARSとは数年単位の闘いになる可能性があり、しっかり対決できる医療従事者の養成が非常に大切だという考えの表れでもあります。彼らが卒業してすぐ医療現場でSARSに対峙する事態になったときに、逃げず臆せず適切な防御テクニックをもって対処してほしいという院長の願いが込められた決断でした。日本で可能かどうかは別にして、このような合理的態度は、私たちが今後SARSと向き合ううえで非常に大事なことと思われました。

病院の物資配給を含めた行政のリーダーシップ

SARSのような新しく危険な感染症との闘いにおいては、対応の各レベルで適切なリーダーシップが発揮されないと無用な混乱が生じ、被害の拡大を許すことになります。迅速な決断と実行、真のリーダーシップといった点でも学ぶことは多いと感じました。

各病院におけるリーダーシップ

台湾では、看護師の集団辞職があったことが報じられましたが、辞職した看護師の一人は上司の医師が逃げ腰で治療を看護師に押しつけていたという不満を述べていました。現場をあずかる人びとの志気を維持するための教育と仕事の枠組みづくり、そしてそれを支える設備、装備の充実の大切さを痛感させられました。

また、志気向上にはそれを支える環境が重要ですが、これを整えるのは病院管理部門です。視察した二つの病院ではこれが有効に働いており、何十人もの患者を受け入れていながら院内感染は一例の事故を除いて皆無でした。ともに患者受け入れのため20人ほどのタスクチームを編成し、一週間で戦略の策定と具体的作業マニュアルの作成を行い、院内の指導にあたったようです。施設整備に関しても、栄民病院ではSARS治療専用フロアの改築を決めてから12日間で56床の陰圧個室を整備し、翌日から患者受け入れを始めたそうです(写真1)。台湾大学でも陰圧個室を9床から38床に増床し、隔離病棟を建設しているところで、増床に対応する人員の増加もあわせて行っていました。先に述べた発熱外来に関しては、栄民病院では急ピッチでこれを建設中で視察の翌日には稼動するという段階でしたし、台湾大学では稼動中の7床に加えて18床の経過観察室を建設中で、勢いといったものが感じられました。

行政のリーダーシップ

医療現場を含む社会全体でのSARS制圧においては、行政の力量も問われます。台湾では当初、行政がしっかりした対応をとらなかったことが流行拡大を招いた大きな原因だという批判がありましたが、その後、力強いリーダーシップを発揮し、結果的に押さえ込みに成功しました。視察では、政府のSARS防治委員会を中心に急ピッチで対策が進められている姿を目の当たりにし、あやふやな対策から脱却し、しっかりとした枠組みを構築して制圧に邁進している強烈な印象を受けました。それには衛生署長(日本における厚生労働大臣)によるトップダウン方式の明確な対応と強いリーダーシップに負うものが大きかったようで、そのよい例を行政院SARS委員会の会議に垣間見ました。

SARS防治委員会(写真2)は毎朝一時間、衛生署で行われます。議長を務める陳建仁衛生署長のもと任務ごとに小グループが形成され、それぞれに責任者と担当者が決められ、具体的問題について「だれ」が責任を持って「いつまで」にやり遂げるのかを明確にして解決にあたります。流行状況の把握・分析、物資の管理・供給、検疫、マンパワーの調達、TVコマーシャル、ポスターによる広報など、議長は各責任者から任務の遂行状況の報告を受け、必要な場合には期限つきで次の指示を出します。私たちが参加した日には、広報担当者から一般市民向けSARS教育のためのTVコマーシャルを新たにいくつか作製したという報告があり、試写の直後、署長はただ放映するだけではなく国民にどのように伝わっているか検証すべきと指摘し、それをだれが行うかまで決めてしまいました。

また、委員会ではSARS対策に必要な物資の管理も行っており、病床数に応じた各病院の資材の一日の必要量のほか在庫量まで把握し、そこから何日分の備蓄があるかも割り出し、必要な医療機関に重点的に十分な補給が行うなど、防護用品の国家的供給システムが構築されていました。N95マスクに関しては、中堅規模の病院で数千個、大きな病院では数万個の在庫があり、20日前後の備蓄が一般的とのこと。日本とは比べものにならないという印象です。この日は、ある地域からの物資送付要求に関する検討も行われ、翌日までに必要数を割り出すよう指示が出されていました。会議終了間際の緊急動議に対しても先延ばしはありません。陰圧病室の使用現状調査の報告とともに、入退室判断基準をめぐり現場の医師らと中央政府の専門家の判断の間に差があって現場の医師たちに戸惑いがあるとの報告があり、現時点でどちらを優先すべきか問題提起されましたが、署長決断で基準見直しが終わるまでは現場の判断を尊重すると決められました。

一方、流行時に被害を最低限に抑えるためには関係部局の協力体制も不可欠です。台湾でも国家レベルの危機管理という観点から、省庁の枠を越えた支援体制がとられていました。患者接触者の隔離には内政担当の部局があたり、軍は付属病院をSARS専門病院として提供し、学校でのSARS対策や休校措置の検討などは教育部局があたり、物資の調達には経済部局が応援し、資金提供には財政部局があたり、病院の経営補助に国民保険局が助力するといった具合です。

流行を収拾するための具体的計画を持つべき

院内感染や病院封鎖に関する連日のマスコミ報道やWHOの地域流行終息宣言が最後になったことだけをとりあげれば、台湾のSARS封じ込めが生ぬるかったと思われがちです。私たちも訪問にあたっては、日本の「進んだ」感染症コントロールのノウハウを指導してくるように求められていました。ところが、行ってみると教えることなどほとんどありませんでした。翻って日本でSARSが発生した場合、はたしてあの程度で流行を食い止めることができるかと問われれば、残念ながら現状ではノーだと思います。現在の日本の対策は、国内侵入の水際での阻止、あるいは侵入直後にすみやかに拡大を防ぐことに力点が置かれていますが、それで完全にコントロールできる保証はありません。日本の国内で台湾のように流行が始まったときにそれをどのように収拾するか具体的計画を持つことは非常に大切です。私たちが台湾から素直に学ぶべき点は多々あるはずです。

(なお本稿は、新企画出版社 『公衆衛生情報』 2003年10月号に掲載されたものを一部改変したものです。)

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