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2006年第3号  地域のパンデミックプランニング
 地域の守り(その1)  田舎を守るということ−2

西村秀一

独立行政法人国立病院機構仙台医療センター 臨床研究部病因研究室長・ウイルスセンター長

はじめに

前回、「田舎を守るということ−1」として、総論的に僻地型パンデミックプランの目的、やり方、必要とされるものごとについて述べた。今回は、その具体化を目指した僻地型パンデミックプランニングのモデルケースづくりの試みについて紹介したい。村でひとりの医師として地域医療の現場で頑張っている筆者の個人的知り合いが、以前から地域レベルでのパンデミックへの対処について問題意識をもっていたことを知り、話をもちかけて現在模索中の事例である。こうした試みがあることを知ってもらい、こうした例がほかにも広がることを期待しつつ紹介する。なお、紹介するのはあくまで私案であって自治体の公式な考え方を示すものではないことを、最初にお断わりしておく。また、実のところ本年、市町村合併が行われ、村という単位はなくなってしまっていることもお断わりしておかねばならない。それでも、1つのモデルとしてみていただければ幸いである。

僻地型パンデミックプランニングのモデルケースづくりの試み
〜 岩手県旧大野村(現在は町村合併で洋野町の一地区)を例に〜

プランニングの基本的方針

パンデミックの抱える根本的問題を考えつつ、地域の事情を踏まえたパンデミックへの対処の仕方を可能な限り具体的に考えていく。いわゆる過疎と呼ばれる地域は、予算的にも豊かではなく、ハード面ではどうしても劣りがちである。ただ、人口が少ないことは、それだけ対策が立てやすく、ハードが劣る分をソフトでカバーできる余地はある。またハードについても、都会に比べ絶対数は劣るといっても人口あたりに換算すれば逆に恵まれているかもしれない。だが、必要なのは、それらの活用のアイデアである。

まず筆者が見聞きした村の状況と、それをもとに考えたものを示す。

村の概要・特徴

1.地理的条件

(1)牧場と山林に囲まれたこの村は、外との出入りのルートと手段が限られている。地図をみればわかるが、村への出入りは、一部の山道を除けば主に3本の道路しかない(図1、2)。これは、ここを押さえれば出入りはみな把握できることを意味する。また、近隣の町や市とを結ぶ公共交通機関も、本数が限られている(図3)。

図1 旧大野村(現洋野町大野地区)の地図(7万5千分の1)
図1 旧大野村(現洋野町大野地区)の地図(7万5千分の1)
図2 旧大野村(現洋野町大野地区)につながる道
の遠景 (旧大野村のホームページより引用)
図2 旧大野村(現洋野町大野地区)につながる道の遠景(旧大野村のホームページより引用)
図3 近郊の町へのバス時刻表
図3 近郊の町へのバス時刻表

村からあるいは村への人の出入りは、これらの道を介した自動車、バスでの交通しかなく、人の出入りのチェックが容易である。これは、前号で紹介したようなやり方でのCordonsanitaire(防疫ライン)を設けることも可能であることを意味する。

(2)当村は、過疎ながらも集落がまとまっている(図4)。これは、医療や福祉関係の巡回が効率的にできる可能性を意味する。

図4 旧大野村の地区集落の遠景
図4 旧大野村の地区集落の遠景
2.社会的条件

当村は、約2、050世帯6、700人の村で、65歳以上の高齢化率24%、全就業人口約3,000人、主要産業は農業で、就業人口構成は1、2、3次それぞれ約30、40、30%、学校、保育所は12カ所、生徒児童総数約950人、高校も含め教育はほとんど村内で充足しており村外への通勤、通学者もほとんどない。ただし、最近は減少傾向にあるものの、長期出稼ぎ者も多い(約800人)。

前項でも述べたが集落がまとまっていて住民同士の結束が固い。

3.村には何があるか?…村にあるもの
村の特色

(1)医療資源

村で唯一の診療所(国保診療所)があり、常駐の専任医師1人、看護師3人など、計9人の職員が働いている。

(2)住民と医療との信頼関係

診療所は地域に解け込んだ医療を展開しており、在宅診療も積極的に行っており(月あたり25件くらい)、また普段から各地区ごとに講演会などの啓発活動を積極的に展開している。たとえば、これまでインフルエンザ、SARS、ノロウイルスなど、その時々に話題となっている感染症についての講演会や出前でのうつ病説明会を頻回に(昨年24回、一昨年25回)実施してきている。また、毎年、インフルエンザの予防接種を実施しており、1シーズンで1,000人ほどに接種している。

(3)行政と医療の信頼関係

村の職員は115人、また村には健康づくり推進協議会という組織もある。

診療所長は、村でただ1人の医師としての尊敬を集めており、行政との関係も良好で、所長の発言力は大きく、行政も話をよく聞いてくれるという。

(4)診療所に隣接して保健センター(常勤5人うち保健師3人)、巡回用の車もある在宅介護支援センターがあり(常勤9人、うちケアマネージャー4人、ヘルパー4人)、それらとの連携がうまくいっている。

(5)次に対策のうえで資源として使えそうなハード、ソフト、マンパワーをあげていく。

1 多くの潜在的な収容施設

診療所は、通常は入院に対応していないが、いざとなれば12から14床分、入院を必要とする患者を受け入れられる潜在能力をもつ(図5)。そのほか、宿泊13室といくつかの研修用の部屋を備えた村営の保養宿泊施設「グリーンヒルおおの」があり、その隣にはデイサービスに使われている福祉センターがある。また、それぞれの地区に公民館あるいは地区センターがあり(計13カ所)、災害時の緊急避難所としての役割ももたされている(図6)。さらには主要6地区に、暖房機能を備えた体育館が1つずつある。

図5 旧大野村国保診療所の内部案内図
図5 旧大野村国保診療所の内部案内図
図6 旧大野村の一地区の地区センター
図6 旧大野村の一地区の地区センター

 

2 患者輸送バスの巡回

患者輸送バスがいくつかの運行コース別に各集落、各戸を網羅して巡回している(図7)。

図7 患者輸送パスの運行コース別スケジュール表
図7 患者輸送パスの運行コース別スケジュール表

3 携帯電話用ホームページと防災無線

村には診療所からのお知らせ用の携帯電話のホームページ(図8)や防災無線があり、有力な情報伝達手段となっている。後者(図4右の電柱参照。離れた家では各戸に戸別配備)も、普段から、作物への霜注意、害虫注意や熊出没などの情報を役場から、リアルタイムで全村民に周知させる手段として有効に使われており、いざというときにはこれらも使い勝手のある広報手段となり得ると思われる。

図8 ある日の、診療所の携帯電話用お知らせホームページ
図8 ある日の、診療所の携帯電話用お知らせホームページ

4 各戸を回る行政連絡員という制度

以上、村の既存の資源ともいうべきものを紹介してきた。後はこれらのものをいかに活用して、あるいは可能な範囲で新たなものをつくり上げて、対策に供するかである。

以下に、それらをフェーズごとに考えてみたものを簡単に述べる。

フェーズと施策

1. 日本での患者確認時

(a)事前教育の開始:診療所長が各地域での出前教育を行う。そこでは主に、新型インフルエンザと今後の見通しについて説明し、それに対して冷静に適切に対応することの必要性を説くことと、住民の質問に答えて住民の不安を解消させることを行う。

(b)村の各組織のリーダーからなる対策委員会の立ち上げ(たぶん現存の「大野村けんこうづくり推進協議会」あたりで良いと思われる):ここで村の行政関係者と一緒に今後の村の方針を決める。診療所長は、事前にこれらの関係者への説明を十分に行う。

(c)出稼ぎ者へのお知らせと依頼:役場から県外出稼ぎ者に対して、新型インフルエンザの説明ならびに帰郷の際には(通常の帰郷と都会での新型インフルエンザの流行が怖くて戻ってくる可能性も考える)、インフルエンザへの擢患に注意し、兆候がある場合には事前に連絡するよう依頼し、帰郷後直ちに診療所での受診をお願いする内容の手紙を送る。

2. 県内のほかの地域での患者確認時

(a)行政として警戒宣言を出し、村民に注意喚起を求める。

(b)診療所のなかに、新型インフルエンザの説明を書いたポスターを張り出し、また説明用パンフレットを置く。診療所のお知らせ用携帯電話のホームページでの情報提供を開始する。

(c)地区の代表者、あるいは行政連絡員を集めた説明会を開き、お願いして、村の広報を利用した 1 の事前教育で述べた内容でのお知らせと今後村として行うことの説明を、各戸に配ってもらい、地区ごとに声がけしながら各戸に注意を徹底させる。

(d)上述の内容を、学校医である診療所長が各学校の職員に教育し、各学校は、それを児童生徒の理解レベルに合わせて教える。

(e)今後村としてやることを再確認し、それに必要な人選を行う。

村内患者サーベイランスの試運転

この段階では、サーベイランスといっても随時目を光らすといったものではなく、各地区内の各班ごとの電話による報告のレベルで良いと思われる。それらしい患者……ただし、ここでは新型を疑う症例定義は大切である……が出た場合に連絡してもらうといったものである。なお、その具体的な体系の構築は、前出1.のフェーズで行っておく。

入村阻止(もち込みの阻止)のための施策

村の出入り口となる道路にチェックポイントを設定し、そこを暫定的防疫線とする。チェックポイントでは、耳挿入タイプの体温計による短時間での発熱チェックや、岩手県での最新の流行状況などのさまざまな情報提供や、村外で羅患しないためにどうしたら良いか、危ないと思ったときのその後の行動のヒントなどの提供を行う。ここで熱発者がみつかった場合には、診療所での受診と自宅待機を勧める(ただし、法的拘束力はないので、村民の協力頼みであり、村民への事前の十分な説明が必要である)。なお、本施策は、できるだけ入村を阻止し、村内での蔓延をできる限り遅らせることが目的で、蔓延が起きるまでは継続させる。

3. 村での患者発生後

(a)早期発見と早期治療:前項の地域サーベイランスの結果、見つかった疑い患者に対しては、診療所に行ってもらうか、可能な限り診療所長が往診し、抗ウイルス薬の早期投与を行う。家族などの患者に常に接触する人たちへの抗ウイルス薬の曝露後予防投与は、抗ウイルス薬に余裕があれば行うが、なければ行わず、インフルエンザをうつされないために患者と周囲が注意すべきことを教え、兆候が出た際に早めに診療を受けるよう指導する。

(b)地区サーベイランスの強化:患者が発生した地区と、患者との接点のある地区を中心に準積極的サーベイランスを行う。患者が出た場合に報告を受けるのではなく、地区の各班ごとに電話連絡で毎日、新たな患者の発生の有無を調べ、集計する。新たな患者が出た場合の措置は、前項(a)と同じ

(c)重症者の診療所への入院:通常は入院に対応していない診療所ではあるが、臨時に12床程度の病室をつくることは可能であり、ここで重症患者のケアを実施する。村外の病院を安易に頼りにすることはできない。患者を運ぼうとしてもそこも自分のところの患者で手一杯である可能性が強いからである。また、この事態に至った場合には、診療所は通常の診療業務を縮小し、その旨を、そして感染の危険のある病院に安易に来ないよう、また、慢性疾患で投薬が必要なお年寄りなどには長期処方を行う旨を、広報や診療所のお知らせ用携帯電話のホームページで村民に周知させる。これにより診療所内での患者間の交叉感染防止と、マンパワーの温存をはかる。

(d)早めの休校措置:学校内に患者が出た場合には、学校内で蔓延を待たず、学校医である診療所長の助言を一得て、学校長は時期を逸することなく長期休校措置を決める。

(e)村の特別養護老人ホームに患者を出さないための施策の実施。

(f)次のステージが起きる場合に備えた、種々の準備:これまでの施策によって次のステージが訪れないことを祈るばかりであるが、そのときの準備はしておかなければならない。

4. 村で蔓延してしまった場合

蔓延の定義が必要であるが、たとえばここでは仮に、流行の拡大に勢いがみえ始め、村で1日に10人以上の新たな患者が出始めた時点とする。この際の対策は、発想的には、流行拡大阻止よりはむしろ減災、すなわち被害の軽減に重きを置くことになり、医学的・公衆衛生学的問題にさらに福祉の問題が加わってくる。

(a)大勢の村民が重症患者となった場合、あるいはケアできる人が近くにいない状態に陥った場合に、それらの村民を収容しケアするための施設(病院とは呼ばない)を設置する。設置場所とそこでケアにあたるマンパワーは、代替要員も含めて前ステージの前半に決めておく。施設としては冬であれば暖房が可能で、かつ部屋がいくつも分かれているところが望ましい。たとえば、診療所の隣の保健センター、在宅介護支援センター、それぞれの地区にある村内計13カ所の公民館、あるいは地区センター、6カ所の体育館が候補としてあげられる。

(b)地区サーベイランスの強化をはかる。その目的は2つあり、1つは村内の流行状況を把握し、重症患者の上記施設へ時期を逸することなく収容しケアすること。もう1つは二次的被害の防止である。前号で詳しく述べたので、ここでは簡単に述べるにとどめるが、たとえば、1918年のパンデミックでは、独居者の孤独死や、一家の柱となる人が倒れてしまい、それに依存して暮らしている家族が食事もとれずに、そのため新たな被害が生じたということが、実際に起きていたからである。この時点でのサーベイランスの強化は、電話によるものではなく実際に各戸を回って、声かけをしながら見回りをするのである。やり方としては、各地区、各班の担当者(既存の行政連絡員あるい地区、班単位の代表者)を決め、各自がもち場を定期的に見回る方法と、保健センターや在宅介護支援センターの職員が手分けして巡回するやり方が考えられる。

(c)保育・炊き出しなどの施策:上記サーベイランスでみつかった困窮者に対しての、食事の提供のための炊き出しと、その宅配も必要になってくる可能性がある。なお、困難な場合には弁当業者への委託でも良い。また、親が羅思してしまった場合に、子どもへの躍患を避ける意味で、また子どものケアのための施策も必要となる。これはに休園中の保育園あるいは、前述の保養宿泊施設「グリーンヒルおおの」や福祉センターが良いかもしれなし)(ただし、病人のケアに該当施設を使っていない場合に限る)。

(d)患者輸送バスの巡回の活用:上記(b)の積極的サーベイランスやその結果として見つかる要移送者の移送に、現在稼動中の患者輸送バス巡回システムを有効活用する。

 

以上、資源をもとにした青写真を描いてみた。なお、誌面の都合上、パンデミック収束後の後始末は割愛した。

最後に、本私案を振り返って

本私案では全体的に、事前の準備に物足りなさがあるかもしれない。だが、何も起きていないときにさまざまなシステムを構築しておくことについては、人々のモチベーションの問題もあり、簡単ではない。また、何とかして1度はできたとしても、その維持は非常に難しいことが予想される。ただでさえマンパワーの乏しい過疎地では、平時にそこに莫大なエネルギーを使うよりは、骨子だけ準備しておき何かあったときに一気につくり上げるほうが効率が良いし、またそれが可能であると思っている(自治体の規模が大きくなるほどそれは難しくなるはずである)。

筆者はこれまで、こうした類の拙稿のなかで何度も広報、教育、情報提供が大切であると言ってきた。本素案でも防疫線での情報提供だ、診療所の携帯電話用お知らせホームページだ、防災無線だ、パンフレットだと、簡単に述べてきた。だが、問題は中身である。正確かつわかりやすく、効果的かつパニックを起こさせないようなメッセージという、非常に要求度の高いものが求められるのである。そこの具体化は、今後の大きな課題である。

新型の症例定義による症例の絞り込みは、村内への侵入があるかないかのときは大事だが、村で流行が始まった場合については、本稿では敢えて書かなかった。たとえば、新型でなければ治療はしないのかと問われれば、通常のインフルエンザでも、高齢者の場合は重症化しやすいことを考えれば、そして高齢化率の高い過疎地であればなおさらのことノーであり、新亜型と旧亜型の区別はこうした末端の現場では不可能かつ無意味だからである。

本私案は、診療所の医師のほかにも多くの人の、仕事あるいはボランティアとしてのさまざまな協力を前提としている。それらの人たちに対するケアは大切である。本稿では書けなかったが、感染予防のためにマスクや抗ウイルス薬をうまく用いることも当然必要となる。薬については、国の主導するタミフル®の備蓄の行方がはっきりしない以上、具体的な使い方は、現時点では未定としか言いようがない。だが何もしないでいるのも無策のそしりは免れない。今回紹介した診療所では、去年の夏の時点で、筆者の勧めもあってか所長の判断で、パンデミックに備えた抗ウイルス薬ならびに在宅でも使え経験的に効果の高い経口補液のある程度の備蓄は行ったと聞いている。今後県単位での抗ウイルス薬の備蓄の放出がどうなるかはわからないが、余裕をもった薬の使い方ができる環境が整うことを望まずにはいられない。

 

本私案では、診療所長の役割を大きくしている。前号でも述べたが、このような小さな村では、現場でリーダーシップをとる少数の人間の力量が大きくものをいうはずである。

その意味で、この村は幸せだと思う。そうしたキーパーソンが、倒れることなくかつ時期を逸せず適切な手を打てることが、こうした場所でのインフルエンザパンデミック対策では必須であると思う。前者については抗ウイルス薬の予防投与も視野に入れる必要があり、後者については、思い切った自由裁量を認め十分なサポートを与える行政側の度量が求められる。だが、そのための信頼関係は一朝一夕にできあがるものではなく、普段の仕事のなかで培われるものであろう。さらに言えば、リーダーシップも大切だが、福祉にしろサーベイランスやきめ細かな広報にしろ、地域住民の協力なくして対策は成立しない。そう考えると、パンデミックは、それら全体、地域の結束、地域の力が試されるときであるともいえよう。その点、田舎は都会に比べ有利であると思う。真にそうであることを祈りたい。

(なお本稿は、メディカルレビュー社 『インフルエンザ』 2006年10月号に掲載されました。)

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