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2008年第1号 地域のパンデミック・プランニング
 小〜中規模の市や町の守り その3 医療を疲弊させないための戦略―医療以外の面での工夫 

西村秀一

独立行政法人国立病院機構仙台医療センター 臨床研究部病因研究室長・ウイルスセンター長

はじめに

まず最初に確認だが、本稿も前々回から引き続いているパンデミック対策の「戦略」の話しである。前号で、実際の地域医療現場の危機的状況を述べ、医療以外の手段で医療を疲弊させない工夫が必須であり、その具体案を本号で述べるとしたが、本稿では、前半部で、まずは予告どおりにそこの戦略私案を述べてみたい。そして、そのあと、前稿で述べた自衛隊の中に新たな医療資源を求める私案に関連する追加説明を行い、また反響として同案に寄せられたコメントを紹介する。

大流行時に地域の中核病院の機能を破綻させないための医療以外の戦略

医療以外の手段で可能な限りの工夫が必須だと言った。前々稿で、医療の戦略の場合には、非常時に即したこれまでにない地域医療の枠組み作りが必要であると主張し、私案を述べたが、今度の「医療以外の工夫」の場合には特別に新しい策があるわけではない。ひとことで言えばリスクコミュニケーションであり、それも流行のステージごとのである。

ここでは主に地域での大流行前と流行時(前々回に挙げた地域の流行の定義1)でいう第3、4ステージ)について、大きく次の3つに分けて考えてみる。

  1. 地域で一気に大量の患者が出るのを防ぐためにやるべきこと: 住民の間に極力患者を出さないための指導と行政や医療の側のやるべきこと
  2. 一定医療機関への集中を防ぐための戦略: 病院への受診者を制限し、また新たなインフルエンザ以外の入院を極力減らす工夫
  3. 医療機関(発熱外来を含む)への支援

以下に、それぞれについて説明する。

1.地域で一気に大量の患者が出るのを防ぐために

まずは住民のウイルスとの接触の機会を少なくする工夫である。ウイルスの感染はヒトの行動に大きく依存しており、住民にウイルスとの接触の機会を可能な限り少なくするような行動をとってもらいたいわけである。今の日本では強制的に行動制限することは、よほどのことがない限り不可能であり、よって、主な手段としては住民へのきめ細かな説明による説得しかない。

1−1 住民に対する教育/広報/説明

内容的には、流行している(あるいは今後流行が予想される)インフルエンザのわかりやすく説明し、個人防御として流行期間中は必要最低限の場合以外、極力外出を控えることを要請し、やむを得ず外出しなければならない場合にはどのようなことに注意し、何かあったときの対処法を教えるといったものになろう。

ここで大事なことは、漠然とした内容のものを一度出してそれっきり、ということにしてはならないことである。「対象ごと」ということを意識した「具体的な」内容のものを、「流行の段階ごと数回にわたって」メッセージを伝える努力をすることである。ここで言う対象ごととは、昼間住民 と夜間住民、町であれば町の外へ働きに出る人と町内へ残る人、前者であれば公共交通通勤者とマイカー通勤者、年齢でいえば高齢者と一般成人と高校生と小中学生、世帯構成で言えば独居者と高齢者世帯と核家族大家族といった具合であり、ある時点だけでもそれぞれ伝えるメッセージは、少しづつ異なり、ましてや時期が違えば大きく異なってくる。そしてそれらの内容はもちろんのこと、大切なことは、できるだけメッセージが伝わるために、誰が、どのような手段でそれをやるかである。(以上について、たとえば学校単位でやるのか、地区説明会でやるのか、広報でやるのかといった具体的詳細は、戦術の領域に入ることがらなので、別の機会にまわすことにする)

もうひとつ、ここで大事なことは情報管理である。病院も含め、少なくとも行政が住民に伝える情報については、さまざまな異なった情報が錯綜しないように情報発信元を一元化しておく必要がある。また、何をどこまで出すかの広報基準を策定しておく必要もある。

また、現代社会では、そうした行政が流す情報だけでなく、さまざまメディア等による情報が住民に流れていると考えるべきである。それらは玉石混交であり、中には風評・デマ情報の類のものも含まれる。行政は、それらにも注意を払い、そうしたものがあった場合には、住民の身近なアドバイザーとしてそれらを否定していく必要がある。ただし、そうしたメディア等の情報については、近所の噂話以外は地域に密着した情報があることはほとんどなく、一般的なことがらになるわけで、地域の情報や広報を流すついでに、そうした誤った情報に惑わされないような注意を添えればよい。ただし、漠然とした、「注意しましょう」的な注意喚起ではなく、具体的な、「こういった話がまことしやかに流れているが、それは誤りだ」といった積極的否定である。

さらに、こうした広報に対する質問や相談を受け付けるような窓口をつくる必要がある。また、住民に日本語の苦手な、あるいは日本のシステムに不慣れな外国人が含まれる場合には、そうした人びとに対する広報、相談業務の準備も考えておく必要がある。

1−2 行政のやるべきことと民間事業者への要請

自治体内での住民の罹患の機会を減らす目的で、流行早期から行政として早めに人の集まるイベントを控え、人の集まる公共施設の使用を制限し、学校の休校や公的機関での(受付および職員間の)感染予防策を実施し、さらに民間施設、民間事業所に対し、それに準じた対策(何をどうするのか具体的に指導)を実施するよう要請する。

この場合、学校の休校は小児の罹患、ひいてはそれを介した地域の流行や、看病のためにマンパワーがとられてしまうことを防ぐ上で有効な手段と思われるが、遅きに失することがないようにすることが大事になってくる。そういった意味で、休校の判断を担う学校長や教育委員会との、平時あるいは流行ステージの非常に早い段階での、休校の開始と終了の決断の基準と、休校の場合にその間の子どもたちの日常生活をどのように指導するかを、決めておく(あるいは、その話し合いをもっておくこと)必要がある。

1−3 病院の場での感染の防止

これは、医療以外の対策に入れるのか医療上の対策の範疇に入れるのかは迷うところだが、今回は前者として暫定的にここに書いた。いわゆるハイリスク慢性疾患患者が、医療機関でインフルエンザをもらわないための策が必要だと考えてのものだが、それには、1)病院側がやるべき、病院内においてインフルエンザとその他の慢性疾患患者の動線、診療時間、診療の場所の区別 2)(これには地域の診療所の医師の協力も必要となってくるのだが、)インフルエンザ患者を診ない医師の往診による慢性疾患患者診療と薬の処方と可能であれば処方薬局による宅配サービスなどが考えられる。そして何より、3)前々回号1)で述べたような、そして本稿の次の項目でも述べる「地域医療の緊急避難的フレームワーク」で、一次診療を発熱外来が受け持ち、地域の中核病院でのインフルエンザの一次診療機能停止させ、重症患者の治療に特化するシステムが完成していることが大前提である。

2.一定医療機関への集中阻止

当該地域で患者が増えてしまった場合、これが一番大事になってくるのだが

2−1 地域の中核病院への、いきなりの一次受診を控えてもらうこと

この場合には、しつこいようだが前々回号1)で述べたような、「地域医療の緊急避難的フレームワーク」、すなわち、地域の中核病院の外来は一次診療を中止、他に設置した発熱外来が一次診療機能を引き受け、中核病院の受診基準(ステージ31)以前に策定済みの状態にしておく)をもとにトリアージおよび簡単な診療と治療を施し、病院は重症者の治療に特化するというシステムが、人員と設備面で完成していることが大前提である。(また、これとともに、病院側でも通常の外来でいきなりインフルエンザ疑い患者の受診を受けないための戦術を練っておく必要がある。)このシステムでトリアージを行なう方針については、事前の説明がなければ現場で相当摩擦が生じることが予想されるため、行政が、あらかじめさまざまな手段で住民に周知させておく。

そうしたシステム存在のもとに、発熱外来あるいは病院の設置するトリアージの場所で、そこに受診しながらも病院の受診基準を満たさない患者あるいはその家族に対して、その場で丁寧に説明し理解を求めるのである。ただ単に「あなたはここでストップ」ではなく、簡単な治療・投薬を行ない、その後何にどのように注意し、「もしものときにはどうすべきか」を口頭ならびにわかりやすい印刷物で説明するのである。この場も感染の場になる可能性が大なので、ここで働く人員に対するワクチンの優先接種や抗ウイルス薬の予防投与は必須であると思われる。戦術に入ることかもしれないが、ここに詰める人員については、診断・治療にあたる人と説明に当たる人を分けておいた方が効率良いと思われ、後者は必ずしも医師・看護師である必要はない。

これに関してもうひとつ、電話相談での不安解消、トリアージも、可能であれば行なうこと。流行時、とくに流行初期には、不安が先に立って、そのために自分がインフルエンザだと思い込んでしまってパニックになる人たちが出てくることが予想される。そうした人たちによる偽患者が診療現場の混乱に拍車をかける可能性は大いにありそうしたケースを診療の現場に紛れ込ませない工夫がぜひ必要だからである。ただ、それはだれでもできる仕事ではなく、行政が行なうにしろ、病院側が行なうにしろ、人選が大事になってくる。できればかつて医療の場で働いた経歴のある、リタイアした医療従事者のような人が望ましいし、また、電話口での受け答えを予想したマニュアルのようなものがあることが望ましい。また、ただ電話で受診のイエス、ノーを決めるだけの相談ではない、広い範囲の相談内容を想定したものであり、さらに相談者のその後をだれかがフォローアップするようなシステムである必要がある。

2−2 病院のベッドの、患者ロードの極端な過剰状態という事態を回避するための策

そのために必要なことは重症患者の出現をできる限り押さえるための早期発見のためのシステムづくりと啓発活動、そして疑い例の早期発見後、あるいは患者が出た家族が患者のために、そして自らが感染に巻き込まれないためにやるべきことについての広報/教育である。

また、この時期に直接インフルエンザ以外で病院のお世話になるような人を可能な限り出さない策も必要であろう。そうした可能性をひとつひとつ挙げ、先回りして潰しておくのである。ステージ31)までの段階での、保健師による住民に対するインフルエンザ教育を兼ねて通常の慢性疾患の悪化を防ぐための生活指導や投薬指導の強化や、当該地域で流行が大きくなったステージ41)の段階におけるインフルエンザによる二次被害を少なくする対策である。とくに後者で大切なのは福祉の視点である。要援護者の特別支援や独居者の支援、その他、地域の見回り声かけ、生活必需物資の供給、孤児あるいは助けが必要な子どもたちの収容計画、保護者や介護者を失った者に対する援助といったことが挙げられよう。またそうした弱者側からのSOSのシグナルを電話で受け付けるようなシステムづくりとその広報もほしいところである。

3.医療機関(発熱外来を含む)への支援

医療機関が抱える負担を少しでも軽くしてあげ、地域医療をパンデミック終了時まで破綻させないために、あるいは破綻までの時間をなるべく長い間持たせるために、医療以外が何かやれることはないかということである。必ずしもインフルエンザ患者を直接診るところだけが対象となるわけではなく、全体の業務負担軽減が医療機関の余力アップにつながるということも含めて考えている。混乱の中、直接感染の危険に曝されない病院部署でも、人手を補ってもらえるだけでも大助かりなはずである。

まずは行政の中で手のあいた部署、あるいは導入できる人員のある部署がそれに当たり、もしそれだけではできないのであればボランティアをも募ることになろう。後者の場合には住民の協力が必要であり、そのための呼びかけも必要となる。

業種的には、ちょっと考えてみただけでも、たとえば臨床検査経験者であれば検査補助、看護、ヘルパー経験者であれば電話相談受付やインフルエンザ以外の看護補助、医療の経験のない人でも、たとえば行政への定時報告作業や記録の保存といった事務仕事もあり、また、たぶんその他にも物資の輸送にかかわる自動車の運転、駐車場管理・案内・誘導といった仕事もあるだろう。具体的な内容については、病院と地域の対策の核となる行政組織との事前の(ステージ31)での)話し合いが必要である。

次回は、可能であれば上述の戦略を肉付けする地域の戦術のところに入れたらと考えている。さて次は、大きく話題をかえ、前稿2)で紹介した自衛隊活用案についての追加的説明に入る。

自衛隊の活用についての追加説明

前稿とくに自衛隊非常時対応医療機動部隊の創設とその医療資源不足自治体への役割限定的投入私案への補足と同案への反響

前稿2)での提案の復習: 

前稿では、実際の地域医療現場の危機的な人的資源の窮状、いかに医療面でプランニングをしようと、現在国や県レベルの行動計画のような地域の事情という発想が最初から入りようのない金太郎飴は言わずもがな、筆者が提案する「地域医療の緊急避難的フレームワーク」すらも、ないものねだり、無理な注文かもしれないといったことを述べた。そして、これは一見地域の問題のように見えるが、実は根の深い国家レベルの医療構造の問題であり、これの修正には相当時間がかかるが、(本当のパンデミック・プランニングはここがうまくできなければ十分な機能発揮はありえないのだが、)現実的に、それができあがるまでの間にパンデミックが起きた時のために、何らかの手段を準備しておく必要があることを述べた。

医療以外の手段ならびに筆者が提案する「地域医療の緊急避難的フレームワーク」を医療従事者、行政、住民が一体となって徹底させること、そしてそのための前者の具体案については本号で述べ、後者における人的資源不足分の補填の問題については、日本の医療体制の問題が解決されるまでの間の窮余の策としての「ひとつの思い切った策の提案」、自衛隊の衛生科部隊のパラメディックによる非常時対応医療機動部隊の創設とそれによるパンデミック時の医療過疎地限定での、災害医療に準じた期間及び医療行為の内容限定の医療援助といった私案を述べ、こうした人員の、通常のボランティアの動員にくらべたさまざまなアドヴァンテージを述べたつもりである(詳細は前回の稿2)をぜひご覧ください)

前回の案に関する補足説明

この部隊は前稿では医療平和部隊として災害の被災地で国際貢献をと書いたが、平素はそれに限らずアフリカ等の開発途上国の医療過疎地域における医療NPOのサポートあるいは独自の展開でも良いと思われる。そういった地域における日本のプレゼンスを高め、大いに感謝されるような働きをしてもらえればよい。また、聞くところによれば、退職自衛官(必ずしも定年を意味するものではなく、むしろある程度訓練を終えた若い人が民間に移る場合もそう呼ぶという)も人的資源として十分に考え得るという。予備自衛官には年1回の招集訓練もあるという。さらにこの八月末、防衛省が、民間企業の若手社員を自衛隊に2〜3年の期限付きで入隊させる「レンタル移籍制度」の創設を検討しているという報道があった。現在2〜3年の「任期制自衛官」制度というものがあり、毎年1万人前後の採用があり5〜6千人が退職しているという。人材確保の観点から、それに加えて民間企業の内定者や若手社員、他の公的機関の若手職員を任期制自衛官として受け入れ、任期終了後に元の職場に戻す仕組みである。入隊後は数ヶ月間の基礎教育を経て全国の部隊に配属され、災害派遣などの場での活動を想定しているという。こうした多くの隊員に対し衛生教育を行い、自衛隊を離れても退職自衛官と同じ扱いにして、パンデミック時の人的資源としてカウントするというのはいかがか。

市井での感染症の流行阻止に対する軍の貢献の例として、SARSの時に台湾が軍を医療面でうまく活用した前例がある。3) 日本の自衛隊の医療資源については、たとえば、自衛隊中央病院発行の自衛隊災害派遣パンフレット4)には、現在自衛隊には全国に8か所の陸上自衛隊の病院、5か所の海上自衛隊病院、3か所の航空自衛隊病院があり、このほかたとえば陸上自衛隊には5個の方面隊と14個の師団・旅団と1個の混成団があり、各方面隊・師団・旅団・混成団にはそれぞれ後方支援連隊衛生隊があり、また、各部隊(たとえば普通科連隊、特科連隊、戦車大隊、施設大隊にも衛生小隊や衛生班があると書かれている。さらに、災害派遣時の救護班として、後方支援連隊衛生隊、病院救護班などで構成する1単位医官1名他4名換算で最大約60個班がつくれるという。現時点の陸上自衛隊だけでこれであるから、もし、本気で自衛隊の医療資源を投入、かつ新たな人的資源の教育を行なえば、パンデミックという国家の非常時、相当の威力となるのではないか。このような医療行為だけでなく、野外テントで臨時発熱外来・トリアージユニットの設営など、それこそ自衛隊にとってはお手のものであろう。

昨年のスマトラ沖大地震の際に自衛隊の医療部隊が災害援助で活躍したが、そのときの彼らの、テントで野外病院ユニットを短時間で設営し、被災者らを受け入れ、すぐに医療行為を開始した展開能力4)を活用しない手はない。しないとすればもったいないの極みであろう。

問題はどのようなときにどのような手続きでこうした医療資源がパンデミック対策用に編成されフル回転できるかである。災害時に自衛隊が自主派遣を行なう場合もあるが、パンデミックはこれにはなじまず、出動があるとして都道府県知事の要請に応じる形でのものとなるはずである。

パンデミック時の自衛隊の活用については、たとえば現在の宮城県の行動計画案にも県知事が出動要請する場合もあるということを意味する文言が、一言だけだが入っている。しかし、県の担当者に直接聞いたところでは、まだ具体的にどうこう案があるわけではないが、少なくとも本私案のような医療面での要請は想定しておらず、どちらかといえば電気や飲料水等のライフラインの維持やさまざまな輸送のための出動要請を考えているという。たとえば、このような医療面での支援を要請するとして、日本全体が被害を受けているときにはたしてすべての要請に物理的に応えることが、現時点で可能なのか、可能でなければどうするのか、そもそもそうした国内のパンデミック向けの出動要請の受け入れはありなのか、自衛隊そのものが想定しているのか、想定していなければそれを命じるのは誰なのか、筆者としてはそろそろどこかで検討が始まっていることを臨むだけである。

次に、筆者の前稿の私案に対し、自衛隊OBで現在那覇検疫所長の阿部重人先生からコメントをいただいたので紹介する。白状すれば、筆者の上述の追加説明は阿部先生のこのコメントに大いに触発されたものであった。

筆者の前稿の私案に対する阿部先生のコメント

自衛隊には連隊レベル以上には平時でも衛生隊があり、彼らが新型インフルエンザ対策における最前線で患者に接したり、 投薬したり、患者のケアをすることは、命令さえあれば、特段の教育を施すこともなく可能です。もちろん野外病院を展開することは日頃訓練していますので、建物さえあれば(一般の市民は天幕収容所は慣れていないので)多くの軽症患者のケアを給食も含めてすることが可能です。自衛隊ではNBCER(核・生物・化学・爆発物・放射性物質)に対する対処方法は衛生科部隊、化学科部隊、戦闘科(普通科・特科・機甲科)部隊でもできますので、各自治体が適時にパンデミック対策への自衛隊の機能導入を要請することを計画に記載すれば良いのです。ただし、部隊近隣を除き部隊側の判断で出動することは出来ませんので、あくまでも首長の要請が必要なだけです。

先生の文章では、「自衛隊駐屯地に」となっていますが、御存知のように自衛隊の駐屯地は各自治体にありません。ただ全ての地域に警備担当部隊が指定されていますので、原則的にはかなり広域に展開できると思います。医療職種としては、医師、看護師、准看護師、臨床放射線技師、臨床検査技師、救急救命士の資格を持った者がいます。この他に衛生官という前記国家資格を保有しない衛生科隊員もいます。衛生消耗品は60日分を所有します。救急車もあります。これを核にしてボランティアを配置すれば、かなりの数の医療チームが新たにできることになります。

これらをいわゆる発熱外来として運営すれば、中核病院を温存しながら、中学校区に1箇所くらいの発熱外来を設置することは可能だと思います。

沖縄県では1中学校区の人口は1万人くらいですから、3ヶ月で25%が罹患するとして3ヶ月で2500〜3000人の患者数です。1日当り30人程度で、何とか処理能力範囲内ではないでしょうか?

自衛隊に限らず、各国の軍隊の役割には Military Operation Other Than War(MOOTW)という役割があると考えられており、大きな自然災害はもちろんインフルエンザ・パンデミックのような危機対策も役割のひとつだと考えられています。「ひとつの思い切った策の提案」ではなく、「忘れられている(医療)資源の導入の提案」ではないでしょうか?

(本著者による若干の文言改変あり)

また自衛隊の活用に関しては、以前「田舎を守るということ」5),6)で紹介した中村医師から次のようなコメントをいただいた。実際に、現在の日本でそのようなことが可能かは別として、行政が現在もしかしたら考えているであろう、ライフラインの維持や物資・人員輸送とはまた異なった視点であった。

中村医師からの手紙 

現在、地域の病院では、実際に不急不要の患者の時間外受診を制限すべきという考え方が出始めてきています。勤務医を追い詰めているのは、いわゆる「コンビニ感覚での受診」と病気は医者が治して当然とばかりの身勝手な「クレイマー」の存在で、これらによる消耗は非常に大きいと考えます。また、国の制度も次々と変わりその対応だけでも大変なのが現状です(複数の部署から通達が来ても、それに対応するのは決まった医師なり担当者です)。こうした状況下でインフルエンザ・パンデミックが起こればどうなるのか! こうした状況に加え災害時に起こりがちな住民のパニックなどを考えると、私は、先生の案の自衛隊出動の発想は、医療体制そのものが危機に直面している中、むしろ無秩序に医療を求めて病院に殺到する人々、安全な場所にわれ先に逃げようとする人々、親族等に関する情報や公共サービスについての情報を性急に求めようとする人々をどのように適正にさばくかといった、秩序維持の方面に必要となってくるのではないかと危惧しています。

(本著者による抜粋)

さいごに

前稿のさいごで、Dr. Gensheimerのpandemic influenza 'fatigue' という現状解析を紹介し、まずは「とりあえずのもの」ができた今、「pandemic influenza 'fatigue' を越えた、小手先の整合性だけを追い求めるのではない、医療や社会のあり方の根本を見据えた対策づくりがほしいところである」と述べた2)。このところが具体性に欠け、わかりにくいという指摘があったので、ここで補足したい。

パンデミック対策は、その予想される国民の受ける被害から、国家の安全保障の土俵に永続的に乗せておくべきものであり、短期的な見方ではなくいつまでも続く仕事としての仕組みをつくる必要があるということである。その説明には、地震対策のことを考えるのがわかりやすい。完璧に対策をやろうとしても現代科学に、残念ながら、いまだインフルエンザの流行をコントロールできるほどの力がないのは地震も同じである。一方、インフルエンザも、ワクチンや薬はあっても完璧なものはない上、量も十分ではない。これが前提である。世に認知されている地震対策では、相手すなわち地震という大自然の摂理は、人間はコントロールできないと割り切って考えるしかなく、少なくとも発生の際あるいは発生直前にできるだけ被害を少なくしようといった手しかない。対策の重きが「減災」に置かれているといえる。この点、ワクチンや薬がある分だけ、うまくやればそれで何とかコントロールできそうなパンデミック・インフルエンザは、まだマシと映るだろうか。だがそうした望みへの期待がある分だけ、地震のような割り切りができない分、減災に向けた動きに鈍さが見てとれる。封じ込め等のアイデアにエネルギーの多くをつぎ込んだだけで、被害が拡大した場合の減災のための具体的施策が、計画準備スタートの時点から息切れしている7),8)。弱者救済の福祉と最低限の社会機能の維持のための具体的計画の遅れは、最たる例だが、医療関係の施策の面でも、国の行動計画の発表とそれに追従する都道府県の金太郎飴的行動計画7)からその後どれだけ進歩したのか。

現行の医療の態勢を変えずにあるいはちょっと手を加える程度でなんとかやり過ごそうとする行動計画の現状は、減災の視点でどれだけ効果があるのか? 現状ではパンデミックで医療機関に最初に破綻が生じ、それが結果的に国民の被る災いの度合いが増すことに?がっていく可能性が高い。ましてや、今全国各地で現在進行中の、末端医療現場の困窮は、それに大いに拍車をかけるものであり、そのときに至った際の光景が目に浮かぶようである。この問題の克服は、パンデミックとは別の、国の医療体制にかかわる事柄であり、一朝一夕、いや数年レベルでできる話ではなく、国のレベルで今後相当長い年月をかけじっくりやることがらなのである。だが、実はそこの根本的な克服なくして、そしてさらに言うならば、先に中村先生が指摘したような一般市民の医療に対する態度や考え方の是正がなければ、理想的パンデミックの対策はとうていあり得ないのである。パンデミック対策も、とりあえずのものができた今、それに満足・安心してしまうことなく、先の問題の是正とともに時間をかけ進歩させていく必要がある。そして、今後そこに立ちはだかってくるのが関係者の間のpandemic influenza 'fatigue' である。そこを乗り越えなければならない。そこが言いたかったのである。そのためにぜひほしいのは、行政や社会の認知のもとでの、地震対策のような長年にわたるシステマチックな対策の継続なのである。

ときに筆者も、「現在あるワクチンと薬で現在最大限やれることはやっているのであり、また、現状は医療も一般市民もこういう状態なのだから、それを甘んじて受け容れるしかない、それでダメならわれわれの世代が科学的、社会的に未熟なだけで、それはそれで仕方ない。あとは自分たちさえ……」という開き直りの誘惑に駆られる。外野で吼えているだけの人間にはその方がずっと楽だからである。だが、為政者がそれで良いかは別であろう。

References

  1. 西村秀一: 地域のパンデミックプランニング(12) 小〜中規模市町の守り(その1)戦略(ストラテジー)について. インフルエンザ 8: 251−257,2007.
  2. 西村秀一: 地域のパンデミックプランニング(13) 小〜中規模の市や町の守り(その2) 迷走: 地域の医療現場の悩み. インフルエンザ 8: 333−336,2007.
  3. 西村秀一、野口博史、高山美果: 新型肺炎SARS台湾視察報告 トップダウンで感染防止を果たした台湾に学べ! 公衆衛生情報 33:No10,50−53,2003.
  4. 自衛隊災害医療研究会編 自衛隊中央病院: よくわかる自衛隊災害派遣(医療支援)2007.
  5. 西村秀一:地域のパンデミックプランニング(9) 地域の守り(その1) 田舎を守ると言うこと―2. 僻地型パンデミックプランニングのモデルケースづくりの試み. インフルエンザ 7: 309−315,2006.
  6. 西村秀一: 地域のパンデミックプランニング(11) 地域の守り(その1) 田舎を守ると言うこと―3.僻地型パンデミックプランの作戦私案−中村医師の手紙−. インフルエンザ 8: 157−162,2007.
  7. 西村秀一:地域のパンデミックプランニング(7) 自治体レベルのプランニング 都道府県の新型インフルエンザ対策『行動計画』を概観する: インフルエンザ 7:145−150,2006.
  8. 西村秀一: 平成19年1月31日版「新型インフルエンザに関するガイドライン
    (フェーズ4以降)(案)」について.インフルエンザ 8:145−150,2007.

(なお本稿は、メディカルレビュー社 『インフルエンザ』 2008年1月号に掲載されました。)

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