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2008年第4号 地域のパンデミック・プランニング
地域医療の現場の守り 戦術 その2
理屈にこだわる現場の対応……具体的リスク評価と防護具(PPE)の選択:「メリハリ」について

西村秀一

独立行政法人国立病院機構仙台医療センター

臨床研究部病因研究室長・ウイルスセンター長

はじめに

前回、「脅し過ぎ」と「蛮勇」の話をし、どちらも良くないことを述べた。新型インフルエンザから逃げてはいけないが、決してあなどってもいけないのだと、戦闘機乗りのたとえ話をまじえ書いた。さらに、医療現場でだれをどのように守るかを適切に考える必要があること、さらにそのためには、どこに、どの程度リスクがあるかを的確に知ることが大事であり、次回は現場でのリスク評価について書くと予告した。よって今回はこれから話を始める。

1.模擬訓練(シミュレーション)を題材に

ここで二つの模擬訓練の例を紹介する。ひとつは、今年の3月14日 山形市で行われた「フェーズ4」を想定しロールプレイ方式で行った模擬訓練で、もうひとつは、やはり今年5月29日、沖縄県宮古島市で行われた、もう一段上の「フェーズ5B」を想定したもので、実際に発熱外来を設置し、トリアージ訓練を行ったものである。これらは、双方、関係者によれば問題点を抽出することを目的とした訓練であり、そのとおりに筆者が考える問題点をここに指摘してみたい。

1−1) 村山保健所のフェーズ4想定シミュレーション

表1この訓練は、山形県村山保健所が医療関係者、市町村関係者、消防関係者、市町村教育委員会、県機関等から130人が集った大掛かりなものである。筆者はコメンテーターとしてこれに参加した。訓練自体非常に興味深く、有効なものだったので、そのうち機会を見つけて詳細を紹介したいが、ここではPPEとリスク評価に話を絞る。大まかには、擬似患者が保健所の発熱相談センターに電話をかけ、そこから新型インフルエンザを疑いスタートする。救急車が迎えに行き、指定医療機関の発熱外来に搬送し、そこで診察を受け、入院に至るのだが、そこでのPPE関連の話である。

まず、救急車に乗る時点で患者にサージカルマスクをつけさせる。これは、非常に理に叶っている。次に、救急隊による感染症診察室までの搬送から消毒までだが、この訓練では実際にはやらずに、昨年11月、国が行った訓練の写真のスライドを紹介し、また新型インフルエンザの「医療施設等における感染対策ガイドライン」の「患者移送について」の項目(表1参照。ただし、クエスチョンマークと色替えは、本稿後半部のために筆者が加筆)を示し、これに従ってやるという説明がなされた。これが本稿でのちのち問題にしたい部分を含むものである。

搬送先での医師や看護師のPPEの脱着等の実演や診断のための臨床検体の採り方などは問題なかった。ただ、この患者にその後に何らかの形で係わるであろう、他の病院従事者の扱いをどうするかなどは、まだ検討が加えられていなかった。そこで、筆者は、インフルエンザという病気とインフルエンザウイルスというものについて説明を行い、単に「ガイドラインでこう書いてあるから」とか、「よくわからないからとりあえず、最悪を想定したガイドライン通りに」とかいったフィーリングに流されるのではなく、科学に基づいた理屈をもとに、たとえば(表2、3)で示すような個々の「リスクを考える」という考え方を取り入れること、現場でのリスク評価を、理屈で考えて想定して、メリハリを効かした対応をすべきことをコメントとして申し上げた。

 

表2 表3

1−2)宮古島市でのフェーズ5B想定シミュレーション

これは、沖縄県宮古島市で宮古福祉保健所、医師会、宮古病院が中心になって行ったもので、実は、筆者は報道で知り、旧知の同保健所長、上原先生にお願いして資料を送っていただき勉強させてもらったものである。

行政、医師会、病院挙げての想定訓練で、休日・夜間診療所と宮古病院に発熱外来を設置、新型インフルエンザ大流行時の患者予測値から1日および1時間あたりの外来受診患者数を平均1時間で10人とみて(ピーク時にはさらに増すことも)、 発熱外来に医師2人、ナース5人、受付1人の8人の職員が詰める態勢で臨んでいる。そこに患者が次々と訪れそこでのトリアージ訓練、また前者を訪れた中に重症者がいて宮古病院に搬送される搬送訓練、また搬送された患者が死亡した場合を想定した遺体搬送訓練がセットになり、実に意欲的な訓練の様子が見てとれる。

非常に参考になるものであり、山形同様、全部を紹介したいが、紙面の都合もあり、ここではPPEを中心とした問題点を挙げるにとどめる。詳細については日経メディカルオンライン版のリポートをぜひご覧いただきたい1)、2)、3)

1−2)−a  筆者が考えるここで見られた問題点

さて、ここでの問題点であるが、このリポートを読み掲載されている写真を見る限り、患者はみなサージカルマスクを着用しておりまた発熱外来や病院の診察場所はかなりの広さを確保しており、患者が排出するウイルスが部屋に蔓延する危険性は回避できており、空気中の浮遊ウイルスによる感染リスクは、極めて低いと思われる。(ただし、敢えて言わせてもらえば、患者が1時間に10人以上もやってくることを想定していながら、それらの患者をどこでどのようにして、患者同士のcross contaminationを防いで待たせておくかの工夫が、訓練のリポートの中に見られないことが気になった。これは、発熱外来という手段の究極的弱点かも知れない部分であり、そこの工夫はこのシステムをとろうとする限り絶対に必要なものである。) そのような全体的に低リスクの中で、受け付けから始まってナース全員が使い捨てのガウン、靴カバー、帽子といったフル装備で対応する必要はあるのかというのが、筆者の疑問である。

患者がマスクをしているのであれば、故意にマスクをはずして咳を撒き散らさない限りウイルスが外に撒き散らされるリスクはきわめて低い。入り口にマスク装着を確認する人を配置し、発熱外来入室者にはマスク着用を義務付けるようなことをやれば、中のリスクは激減する。

マスクを通り抜けてくる飛沫核は、あったとしてもどっちにしろ、使い捨ての帽子の繊維の目などやすやすと抜けられる。また、そうした飛沫核中にウイルスがいたとしても、それがインフルエンザウイルスであれば、それがガウンや髪の毛についたとして、いつまでも生き残るわけではない。まずは空中を飛びながら失活していき、たとえ活性を保ったまま衣服や環境や物に付着しても、じきに活性を失う。特に高温多湿の沖縄であればなおさらである(ただし、大きな気管排泄物の塊として付着した場合は別。そのときこそ洗剤で洗うなり、アルコールスプレーでもかければ良い)。 ここの部分の筆者の意見の科学的根拠については、紙面の都合でこの場で説明することはできないが、別の機会にやってみたい。

1−2)−b 救急隊のPPEについて

つぎに管理車両の到着シーンである。消毒や汚染処理の機材の運搬というが、写真には3人が、この物資の運搬に当たっている。それもPPEフル装備で。これから消毒や汚染処理に使おうとする機材は、当たり前だがそれ自体がインフルエンザを退院に感染させることは絶対にない。たぶん、救急隊員らが運んでいるのだろうが、暑い中作業するこんなときぐらいPPEははずしたらいかがと思う。そもそも救急隊員全員に、本当にそのようなフル装備が必要かどうかも、よくよく考えたほうが良い。

重症者の搬送の写真があるが、重症者は何やら透明のビニール袋で全身が包まれている。いったい全身のどこに感染リスクがあるというのか? あるのは顔の部分だけであり、そこはマスク装着で十分である。そして、救急車からストレッチャーに乗せて患者を運び出している写真がある。4人がかりで、全員がこれもまたPPEフル装備である。患者をビニール袋で包んでまでしておきながらである(そういう必要をなくすためのビニール袋ではなかったのか? 筆者はそれすら無用の長物だと思うが)。 患者がマスクをしているのであれば、こんな大げさなことは不要である。よしんば、患者が激しい咳をし、それでマスクを通り抜けるウイルスが少しはいたとしても、完全なオープンエアーの青空の下、それにちょっと風でもあれば、あっという間に希釈され、隊員が吸い込む確率は限りなく0に近くなる。暑い沖縄で、こんなフル装備はつらかろう。ましてや患者を4人がかりで持ち上げて長い階段をのぼっての搬送作業である。結論から言えば、車内で患者に付き添う隊員以外、N95マスクは不要である。

1−2)−c 死亡した遺体の取り扱いについて

この訓練では、遺体からの二次感染を防ぐという目的で、閉鎖できるビニール袋で遺体を包み込みこんでいる。その作業をする人たちの写真があるが、二人がかりでこれまたフルフェイスの顔面防御とN95マスク、使い捨てガウンに手袋といった完全防備のPPEのいでたちである。そして、遺族がそのビニール袋の上から手を触れるだけでも、サージカルマスクと手袋が必要とされ、さらに手袋をはずしてからも手指消毒という。また、二次感染を防ぐという目的で火葬場への搬送車への家族の同乗もできないという。

筆者のこれを見たときの印象は、いったい彼らは何をそんなに恐れているのだろうかというものであった。遺体からの二次感染というのは何を想定しているのだろうか? 遺体はもはや咳はしない。皮膚(主に顔の皮膚であろう)についたと思われるウイルスなど、アルコールで拭いてあげれば十分である。アルコールで拭いた後も、皮膚からウイルスが滲み出してそれが乾燥とともに空気中に拡散していくわけでもない。もし、鼻血や肺からの浸出液が逆流してくるようなことを想定するなら、そのときにアルコールでまた拭けば良いだけであり、もしそんなにそれが怖いのであれば死者の鼻と口に綿を詰めた上、マスクでもかけて差し上げれば十分である。ここに投入する余剰な医療資源と人材を、ほかで必要としているところにまわすべきである。

2. こうしたまちがいの元凶: ガイドラインの誤り

表4こうしたこれまでに挙げてきた誤りと思われる対応は、宮古島市の人たちの名誉にかけて言うが、何も彼らが悪いわけではない。その元凶は、国の示した新型インフルエンザの「医療施設等における感染対策ガイドライン」にある(表4参照。ただし、クエスチョンマークと色替えは、本稿のために筆者が加筆)。ふつうは、「専門家」がそう言ったとされる、国のお墨付きのついたような「ガイドライン」なるものに素直に従うものだからである。

 

2−1)パブリックコメントに提出した意見とそれらへの回答

昨年春、「新型インフルエンザに関するガイドライン(フェーズ4以降)(案)」に対する意見(パブリックコメント)募集に対し、PPE関連で図1、2、3に上書きで指摘したような部分に疑問を感じた筆者は、次ような意見を送付した。そして3月26日、パブリックコメントに対する「新型インフルエンザ専門家会議の考え方」とする回答が公表された。

(意見) 件名: 埋火葬ガイドラインについて

遺体からインフルエンザをうつされる可能性を心配して埋火葬に従事する人たちに一律に重装備のPPEの着装を求めているが、そこまで必要か? 遺体はもはや呼吸していないし、遺体を解剖するのでもないし、可能性があるとしても接触感染程度であり、手袋程度で良いのでは?

接触感染の危険性も、罹患したインフルエンザがたとえばやたら血液中のウイルス量が多く、かつ体外に出血等が多く、そこにいるウイルスが長時間外に露出しても失活しないといったような、通常のインフルエンザでは考えられない類のインフルエンザである場合に限ると思われる。一律、重装備ではなく、やってきた新型インフルエンザの性質による場合分けの概念を導入すべきと思われる。

(回答) 「スペインインフルエンザでは、遺体から感染したこともあったと言われており、最悪の事態を想定することが危機管理の鉄則であると考え、ガイドラインに掲載しております。」


(意見) 件名: 医療施設等での感染対策について

サージカルマスクとN95マスクの使い分けであるが、「最初にN95を使ってなくなったら仕方ないのでサージカル」といったものになっているが、むしろ考え方としては順序は逆であると思う。世の中に患者があまり出ていない場合には、リスクの高い医療従事者以外はサージカルでN95を節約し、……また清掃スタッフまでN95を使うのは、明らかにやりすぎである。

患者から直接出るエアロゾルは粒子が小さく、N95が好ましいが、床からホコリとして舞い上がるものは、(ウイルスとして失活している可能性も高く)またそれこそホコリ粒子が大きく、サージカルで十分阻止できる。……

(回答) 「ウイルスの感染性などが予測できない以上、まずは性能の良いN95マスクを使用すべきと考えています。」

【2−1)パブリックコメントに対する回答】を読んでの感想

これらの回答、特に前半を読んだ私の反応は、「何だこれ?」だった。「専門家会議」と称する人たちの見識が疑われるものだった。「スペインインフルエンザでは、遺体から感染したこともあったと言われており」とは、単なる伝聞の話しである上、それは科学的に評価できるものなのか、まともに取り上げるべきものなのか、区別がまったくできていない。よくわからないから、とりあえず、一番厳重なことをやらせておこうという安易な発想である。

また、「最悪の事態を想定するのが、危機管理の鉄則である」というのは聞こえは良いが、突き詰めて考えてそれは正しいか? 「様々な科学的観点から、まずはもっともprobabilityが高いところを押さえ、例外的なことがわかったとき、それに対応する」という考え方もあるのではないか? 特に医学というものはそういうものではないのか。

私たちは、まるっきりわれわれの常識を覆すような新しい微生物が宇宙から降って来る類の、SFの世界の話をしているわけではない。相手はインフルエンザウイルスである。正確なことはわからないなりにも、ある程度のことは想定できるはずであるし、それもできないようであれば、「専門家」の看板は下ろすべきである。

後半の方もそうである。両者の根底にあるのは、まさに先が見えないために「最悪に備える」の大安売りである。そこに思考が捉われているからこのような質問者の意図が理解できない回答になるのである。

筆者の、(前回にも強調したが、そして意見にもきっちり書いたとおり)患者を相手に感染リスクの高い行為をする人にはN95を使うべきだという考えは不変である。ウイルスの感染性の高さを問題にしているのではない。たとえ「ウイルスの」感染性が高かろうがそれは、たとえばそれが環境の塵とともに空中に舞うものが「本当にN95マスクでしか防げないか」とか、「そのようなものならサージカルマスクでも十分に防げるはずだ」という常識的判断やその地域のそのときの流行状況とかとは、別物なはずである。そういったことも考えず、「すべて一律」ということに異議を述べているのである。(流行がまだほとんど拡大していない時期というケースも含め)理屈で感染リスクの低いことがはっきりしている場合や感染リスクのきわめて低い仕事の場合には、それなりの対応で十分だろうと言っているのである。

3.現場と大本営の意識の乖離

3−1) 筆者がPPEにメリハリが必要だと訴える理由

どうして、そのようにPPEに関してリスクに応じたメリハリが必要かといえば、理由は大きく2つある。ひとつは経済的問題。これはすぐあとで詳しく述べる。もうひとつは、人間の心理、あるいは人間工学の問題である。人間は、いつまでも緊張感を継続することはできない。いつも最大限の対応では疲れるものである。何でもかんでもフル装備では、たぶん長丁場に耐えられはしない。すべての職種で緊張感を持続させるなど、職員が疲弊しきってしまい、むしろ弊害が出てくる可能性があると考えるからである。

ボーッとして注意散漫になって、たとえばN95マスクのフィット度が極端に落ち、形だけは保っていても実情はむしろ危険なことさえ考えられる。手を抜いても良いところでは、むしろ積極的に手を抜くべきである(ただし、誤解されるといけないから言うが蛮勇ではいけない)。一言で言えば、「メリハリをつけよ」である。伸びきったゴムひもは長くはもたない。それができないのは、「今の段階では、実際起きていないのだからわからない」というもっともらしい理由を盾に理屈で考えようとせず(その方がずっと楽なのは認める)、リスクの高低という基本的な概念すら導入できずにいるからである。

さて、次に資金面である。ガイドラインでは、PPEは、なんでもかんでも使い捨てである。ガウンまでご丁寧に一回一回使い捨てである。これだと現場のPPEの負担は際限ないものになり、あっという間に、本番(地域での大流行)が来る前に、医療現場が資源的に枯渇しそうである。何週間も続く流行の長丁場に、現場はお金がついていかない(そもそも、パンデミック時、そんなにPPEが市中に出回っているとも思えないのだが)。 最悪に向けて個々の場面すべてて最大限を求める国の指針は、現場の予算事情のことなどどこ吹く風である。最悪への最大限の対応はお金がかかるのだ。

「本当にゴム長まで必要か? 鳥小屋じゃないぜ。 使い捨てガウンをそのつど使い捨て? いったいいくら予算があるの? そもそもそんなの必要なの? 布製の術衣や前掛け式の白衣を洗って使っちゃいけないの?」 そんな現場の恨み節が聞こえてきそうである。

3−2) 中村医師の手紙

ここで、この連載でたびたび登場する洋野町、中村先生の手紙の一部を紹介する(筆者一部改変)。

……この状況下で先生も問題視されているPPEをどうするかがネックになってくるわけです。町立病院は、6月の補正予算でPPEの一定の装備を要求するつもりのようですが、一度に多くは無理としても、かなりの金額になります。それ以前に、パンデミック対策にかかる費用をどこが出すのか、という問題があるのです。封じ込め段階で国・県の医療機関が事前から予算を計上して整備するのは当然として、当地区のインフルエンザ対応施設として町の施設を指定されても、それにかかる費用……すべて町と町の医療機関の持ち出しになるのではないか、という危惧です。

現在の病院は非常に大きな困難に直面しています。町立病院クラスは、どのような立場をとるのか途方にくれ、私立病院は費用的な補償がなければリスクの高い医療を容易には引き受けないでしょう。結局、地域の中核病院があらゆる役割を、自己犠牲のもとに背負わされることになります。

診療所は、むしろシンプルです。時間外や特殊な業務に従事する人たちの人件費を町で負担すればなんとかやっていけます。その範囲の医療しかできないのが実情で、その中で最大限の効果のあるやり方を考えていけばいいのですから。……PPEの準備だけでもお金がかかります。診療所ではN95マスクとディスポの手袋は確保して、ガウンは予防衣を一定数そろえて診療終了ごとに洗濯して再使用する程度の対応しかできないと思います。……

3−3)現場の声

中村医師の手紙にあるように、現在各病院は厳しい財政状況に置かれており、使い捨てPPEを無節操に使っては捨てるなどということはできない状態にある。いったい、高価なPPEをどれだけ備えねばならないのか? 実際のところ本当に何がどれだけ必要なのか? これは、病院の経営側からすれば切実な質問であり、筆者がさまざまなところでよく聞かれる質問である。

最悪最悪と唱える方は、個々の場すべてで最大限の対応の仕方しか教えず、それができないとすれば自己責任だと突き放せばそれで良いかもしれないが、それは無責任というものである。医療現場の対策は、トータルで見なければならない。中村医師が言われているように、全体でこれだけの医療資源しかないというときに、どれだけのことをやれるかである。よって、全体的にながめつつ、個々の場に人的にも資源的にもメリハリが必要となるのである。

少なくとも、「これぐらいの規模の病院や発熱外来では」「流行期間中にこれぐらいのPPEが必要になり、それらはだいたい現在の価格からしてこれくらいになる」、それぐらいの計算は、やってみせたらどうか。あんな被害予測まで堂々と発表するほど予想の得意な大本営なら、やれるはずである。まずは、そもそも本当にそれだけのPPEが必要かという議論は後回しでも結構である。そして、その結果が病院経営にとって問題ない程度のものならしめたものだし、そうでない場合には何らかの手を打たねばならない。だが、たとえば公立病院の場合、下手をすれば無駄遣いに対しては議会も黙っていないし、揚げ足取りで相手の失敗を待ち受けている人たちもごろごろしているという。


それでも本当に必要であれば、リーダーたる人たちは、どんなに犠牲を払ってもそれらを準備する決断をするはずである。だが、その「本当に必要」の根拠が、現在あまりにも希薄過ぎるのである。何でガウンは使い捨てのものを使って使用後「適切に廃棄」であり、中村医師の言うように通常のものを「洗って使ってだめなのか」、どうしてそんなリスクが低い仕事の場合にも、最大限の装備をしなければならないのか、そういった質問にも、ガイドラインを書く側は、科学に則して答える必要があろう。「わからないこと」に対する恐怖に危機がやって来る前から席巻されてしまっている。筆者は、蛮勇を勧めているのではない。フィーリングではなく、理屈でものごとを決めていこうと言っているのである。

本当にすべて「わからないこと」だけなのか、それともある程度は想定されるものがあるのか。想定もできないとすれば、今まで先人たちが培ってきたインフルエンザの研究の歴史、その知識の蓄積はいったい何だったのかということになる。単に「専門家」の勉強、研究不足か、それとも、「もはやインフルエンザではない」感染の仕方や物理的性質までも想定外のエキゾチックかつ非常識な病気がやって来ると考えるのか、そこは常識(良識?)が問われるところであろう。

おわりに

以前から途中でいろんな話が入ってきて都市型のプランニングの話まで、なかなか進めないでいるが、なるべく近いうちに大規模都市におけるプランニングにまで手を伸ばしてみたい。議論のある発熱外来の是非あるいはその設置の仕方あたりから攻めてみれば良いかとも思う。また、理屈、理屈と騒いでおきながら理屈を一向に紹介しないのも無責任である。これも近いうちにやるべき筆者の課題である。

  1. 三和護、 宮古島で新型インフルエンザ対策の大規模訓練 (No.1)フェーズ5Bを想定、発熱外来での対応や患者搬送を実施、 日経メディカルオンライン 6月10日 2008
  2. 三和護、 宮古島で新型インフルエンザ対策の大規模訓練 (No.2)外来受診者1万4841人にどう対応するのか、 日経メディカルオンライン 6月23日 2008
  3. 三和護、 宮古島で新型インフルエンザ対策の大規模訓練 (No.3)患者さんは新型インフルエンザの重篤化が原因で亡くなられました、 日経メディカルオンライン 6月26日 2008
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