わいらす 国立病院機構仙台医療センター ウイルスセンターホームページ

ウイルスセンター トップ >> 地域のパンデミックプランニング >> 地域のパンデミックプランニング 2009年第1号

医療関係者の方々へ ウイルス分離・抗体検査依頼について ウイルス分離および抗原検出情報 地域レベルのパンデミック・プランニング 夏の学校 みちのくウイルス塾
    バリフード® バリフロー®  

2009年第1号 地域のパンデミック・プランニング
【時事通信社iJAMP「オピニオン」2008.12/22掲載】自治体の新型インフルエンザ対策、仕切り直しを

西村秀一

独立行政法人国立病院機構仙台医療センター 臨床研究部病因研究室長・ウイルスセンター長

自治体の新型インフルエンザ対策、仕切り直しを

自治体の新型インフルエンザへの取り組み方について、2009年1月28日に東京で開始されるあるセミナーで、演者の一人を引き受けた。これまでにもさまざまな集まりで話してきており、今度も同じと高をくくっていた。ところが先日連絡があり事情が違ってきた。事前登録で全国400の自治体の、医療、危機管理、教育等々の600部署から720名の参加申し込みがあったという。さて、これは大変な事になった。これはこの問題への関心の高さの表れであり、これまで地方行政がそれを「仕事」として認知してくれることを切に願ってきた筆者にとっては実に喜ばしいことである。だがなぜか素直に喜べない自分がある。それはパンデミックの切迫感などではない。むしろ最近の、この問題への世の盛り上がり方に対する、「どこか変だ」という感覚である。みなは何を期待しているのか?

筆者のテンションは現在はそれほど高くない。だが全国の自治体関係者が集まる絶好の機会である。かつて中央の研究所で働いていた筆者も、その後地方の病院に移りその現場と地域の行政で働く人たちとのかかわりの中、地方の現場の置かれた立場について、よりsympatheticな理解ができるようになったと思っている。そうした意味で、その目線で現状の問題点を明確にし、その解決に向けた自分なりの提案をすることが、今度の自分の役割かもしれない。言っておくべきことはある。

まず現状。確かに国のレベルでは、法的整備、「行動計画」と「ガイドライン」の策定、抗インフルエンザ薬の備蓄等々「新型インフルエンザ対策」が進んでいる。そこで地方自治体は、何をすべきかである。これまで各地で「対応訓練」なるものが行われているが、どこか的をはずしたようなことも見受けられ、また、それをやれるだけでもマシな方で、多くは何をどうしたらいいのかわからない状態だという。原因は何か?

その一番は、リスクコミュニケーションのまずさである。これまで報告されている鳥インフルエンザの症例の非常に高い致死率だけが強調され、それに輪をかけ、ここぞとばかりの新型インフルエンザ・ビジネスの花盛り。まるで集団催眠である。そして、それをまともに受けとった側は、そんな恐ろしいものがやって来たら、自分たちのところではどうしようもないと、思考停止に陥るのだそうだ。頼みの県は、国の指針のコピーのようなものをつくり、せいぜい国から言われたことを市町村に伝えるだけ。末端の市町村にしてみれば、国の「専門家」という名の権威者たちが考えた、ユニバーサルな内容の「ガイドライン」を渡されたものの、それだけの話。とりあえず何かをしようとしても、資金もノウハウも頼りになる人材もない。医師会の協力をとりつけようにも、「死亡率60〜80%、最悪の感染症」の刷込みが強固なためか、なかなか進まない。閉塞感にさいなまれ、あるいはそこから何とか脱出すべくもがこうとも空回り。これも一種の流行病のようなものではないか。これに対する処方は?

さて、どうしたものか。まずは、一度極端な恐怖の呪縛からの解放が必要であり、つぎに地域の対策の、全体像の素描(デッサン)が来る。実は、現状のリスクという点では、現在の鳥インフルエンザが近い将来パンデミックを起こす蓋然性については、これまで正面から検討されたことはない。最悪の「可能性」のオンパレードである。だが、それだけではいけない。パニックを引き起こすだけだ。リスクそのものも状況で変わっていくものであり、適宜見直しが必要である。

筆者にもパンデミックの脅威を強烈に感じていた時期があった。だが、今は、喧伝(けんでん)されるような極端な致死率のインフルエンザがパンデミックとなって近々日本にやって来る蓋然性が本当にどれだけあるのか、疑っている。今、あせる必要はどれだけあるのか、「専門家」の話だけを鵜呑みにせず、一度冷静に考えてみたほうがいい。だが、そうした、状況に応じた判断の大切さがある一方で、「変わらないもの」が厳然としてある。インフルエンザ・パンデミックはいつかまた起きるという大前提である。その意味で、長期的視点での取組みは欠かせない。

ただ、現在の状況が、まったく楽観できるものだと断言できないのも、また事実である。こうした不確実性がこの問題の難しさである。だからといって、リスクをやたらと大きくとらえればいいというものでもない。まずは、人びとがこれならまだやれると感じられるくらいの当面の敵―この際、致死率80%は忘れ、(考えようによってはむしろもっと厄介な)致死率2%ぐらいの、ちょうど1918年のパンデミックのようなもの―を想定し、長期的な視点も視野に入れつつ対策を考えてみてはいかがか。そして、次は何をやるかである。

どこにでもあてはまるような正解はない。まずは、わが町には、周辺には、どのような資源があって、何ができ何はできないのか取捨選択し、現状に合わせて考えていくしかない。地域のありようと、自分たちの持てる物でできる事をやるしかない。核となれる人材を見つけ、その人のまわりにさまざまなバックグラウンドを持つ多くの人たちを集め、自分たちの地域をどのようにしていきたいか、ブレーン・ストーミングでいろんなアイデアを出していくこと―これにはお金はかからないという大きな利点がある―である。

いわば、わが町の身の丈に合った服をいくつかデザインしていく作業のイメージである。そうやって、自分たちの地域の特性に合わせた、さまざまなアイデアが入った引き出しを準備し、いざとなったらそれをいつでも開けて、どれかを選べる状態にしておくことである。それは地域の宝である。時がたってもその宝のありかを忘れない人的長期管理システムも必要である。定期的に中身を点検し地域の現状に合わせていく、デザインのやり直しが必要となってくる場合もあるだろう。

国や県にべったり頼るのではない、まずは自分たちのやり方で自分たちの地域を守るという自立心。口はばったいようだが、それは新型インフルエンザだけではなく普段の地方自治のありようにも通じることではないだろうか。(了)(2008年12月22日)

西村秀一(にしむら・ひでかず)氏のプロフィール

1955年山形県に生まれる。1984年山形大学医学部医学科卒業。医学博士。1994年4月から米国ジョージア州アトランタにある米国疾病制御予防センター(CDC)のインフルエンザ部門に留学、その後同部門の客員研究員。1996年12月に帰国後、国立感染症研究所ウイルス一部主任研究官を経て、2000年4月より現職。専門は呼吸器系ウイルス感染症、特にインフルエンザ。世界で推定5000万人以上が死亡した1918年のスペイン・インフルエンザを詳しく分析した「史上最悪のインフルエンザ」(A.W.クロスビー著、みすず書房)を翻訳し、日本でいち早くパンデミックの現実を紹介。各自治体が次々と発表した「行動計画」についても、早くから専門の立場で様々な問題点を指摘。「自治体と国が住民を守れるかどうかの実効性と担保」のために、さまざまな提言活動を行っているほか、ホームページ「わいらす」で、地域レベルのパンデミック・プランニングなどを発信し続けている。

〒983-8520 宮城県仙台市宮城野区宮城野2丁目8-8
独立行政法人国立病院機構仙台医療センター内
直通電話:022-293-1173  ファックス:022-293-1173   電子メール:vrs.center@snh.go.jp