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2009年第2号 地域のパンデミック・プランニング
大都市を考える (その1) 大都市の特性に合わせたプランと母船方式・地域割りのアイデア

西村秀一

独立行政法人国立病院機構仙台医療センター 臨床研究部病因研究室長・ウイルスセンター長

はじめに

今回も地域での大流行期についての話である。前回は、発熱外来のはなしをした。とかく同じ「発熱外来」でも、あいまいなネーミングのせいか個々のイメージがバラバラで、誤解が生じたりしている。そのため呼び名ももっと実体にあったものにし、地域の実情にあったものを考えていくことを提案した。まずは、本稿ではこれ以降、「発熱外来」をとりあえず「(インフルエンザ)トリアージ・ポスト」と読み替えていただきたい(これもカタカナが長く、万全ではないとは思うが、あいまいな「発熱外来」よりはマシ。もっと良いことばを考えましょう)。

今回は、ずっと前に脱線して以来、本来の順番を後回しにしてきた「大都市の守り」について考えてみたいと思う。また、そこでも現場の医療システム持たせる鍵となる、「発熱(インフル・)外来(トリアージポスト)」を含めたパンデミック医療システムに関する筆者の一アイデアを披露する。ご意見を求めたい。

大都市の特性について

一言で大都市と言っても人によってイメージもさまざまだろうから、本稿では最初に、大都市とは県庁所在地あるいはそれに準じる都市から政令指定都市規模の都市までをイメージしていることを断っておく。つぎに、そうした「大都市」とはどのようなところかを、あらためて考えてみたい。

大都市は、中小都市の集合体のようなものか、あるいは「大都市」はやはり大都市でいくら中小都市を集めても「大都市」にはならないか。たぶん両方正解であろう。中小都市の集合体のような面があり中小都市と共通する部分もあれば、大都市になってはじめて存在するものもある。それぞれについて考えることがプランニングの一歩である。そして、それぞれのファクターが、パンデミック時にどのような影響を受けるか、そしてそれらにどのように対処していくかを考え、それらを単なる羅列ではなく互いに関係を持たせた有機的な総体にまでまとめ上げていくやり方が、良いのではないかと思う。まずは、今筆者がイメージできる分だけだが、そういった特性を挙げてみる。

感染症と福祉あるいは都市機能、さらにはそこに集う人たちの一般生活の視点で見るとき、あらためて言うまでもないかもしれないが大都市には、1.大型(集客)施設が多い 2.企業・学校が多い 3.特殊構造物(地下街や高層ビルなど)がある 4.さまざまなインフラが整備されている(交通網・エネルギー・下水等)5.外との交流が盛んで、他の都市から訪れる人も多く、外国人も多い 6.昔ながらの町内会もあれば新たに入ってきた新住民もいて、近所づきあいの濃密さと希薄さが混在 7.家族単位が小さい(いわゆる核家族と独身者、独居老人等)

行政について眺めると、1.行政組織が大きいだけに、業務が細分化され、個々の職種での職員数も多く、統制・統率が難しい 2.その反面、人材が豊富である 4.資源(医療資源・子育て資源等)の絶対量は多い(だが人口割りにした相対量ではどうか?)5.周辺市町村から頼りにされる  といったことが挙げられよう。

さて、こうした特性を持つ大都市だが、それぞれにあわせたあるいはそれぞれを活用したプランニングである。ただ、紙面の都合もあり本稿では医療と福祉の領域に話を限定する。

1918年アメリカに学ぶ、大都市における悪性のパンデミック時の対策例

次にやってくるのが必ずしも1918年のようなパンデミックだとは限らない。だが、あの時の記録から、われわれは何がしかのことを学べるはずである。当時の状況を著した本がある。

A.クロスビー著 America's Forgotten Pandemic(邦訳『史上最悪のインフルエンザ』みすず書房)。

この本には、パンデミックで大きな打撃を受けた当時の合衆国の惨状が書かれているが、それだけではない。それとともに、パンデミックに立ち向かった人たちのことも書かれてあり、筆者はそこに興味を引かれ、対策を考える上で大きなヒントをもらっている。ここでその一部を紹介する。

まずは福祉:

多くの家庭、とりわけスラムに暮らす家庭では、食事を作るだけの体力が残っている大人が誰もおらず、…中略…食べ物がまったくないという状態に陥っているケースがいくつかあった。さまざまな移住者援護施設が盛んに炊き出しをおこない、簡単で、しかし何より栄養価に富んだ食べ物やスープを大量に作って…配給所に列をなした人々に無料で配っていた。インフルエンザで起き上がれず、家から出られない人々に対しては、ボランティアがそれを届けて回った。

クロスビー著『史上最悪のインフルエンザ』 第6章フィラデルフィアより抜粋

1918年当時、合衆国は第一次世界大戦に参戦し、兵器や支援物資の国内の生産に拍車をかけており、そうした生産拠点のある大都市に職を求めて新たな全米各地から、さらには外国からの移住者までもが集まり、あちこちにスラムが形成されていた。このパンデミックでは、そうしたところでの被害が都市の中でも特に甚大であった。直接的な健康被害もさることながら、普段なら世話を受けるべき人たち(高齢者や小さな子どもたち)が、世話すべき人が倒れたために食事をとれずに飢餓に陥る二次的被害も多く見られ、それらに対する手当てを、そしてそのほかにもさまざまな地域の弱者への救いの手を差し伸べるようなことを、手いっぱいな行政に替わってボランティアがやったという。

それらをボランティアがやったというところが実にアメリカ的だが、現代日本も捨てたものではない。阪神淡路や中越地震の際にボランティアが馳せ参じて炊き出しを行っていたし、最近では不況で職を失った人たちに対する炊き出しをやっている風景が報道されたりしている。1918年のアメリカでも当然逃げる人たちもいたが、一方で身の危険を顧みず敢然と働いた多くの人たちがいた。今の日本、地震や不況といった場面でのプレゼンスは頼もしい限りだが、パンデミックといった違った状況下で、各地でタイミング良くそうした動きが湧き上がってくるかである。

まずは、炊き出しに限らず、地域の弱者に対して手を差し伸べるという意味でどのようなことが必要とされるのかを考えるのが第一。つぎに、そうしたそれぞれの作業を、行政はボランティアに頼るのか(どれだけあてにできるのか)、行政自身がそういったことをやるのか、そこは今から考えておくべきであろう。地震のときの経験からは、少なくとも地域でそうしたボランティアを募ることや、ボランティアの役割分担をコーディネートするような役割は、行政が担うべきであろう。

次に医療:

情報センターは、「予備訪問」という制度をこしらえていた。これは、同センターの職員あるいはその協力機関の人間が、助けを求める個々の電話に応えて現場に急行し、緊急度をあらかじめ調べあげるといったものだった。実際現場に行ってみれば、単にインフルエンザについての情報提供や、不安をやわらげる励ましだけで十分だったケースがしばしばであり、この予備訪問制度のおかげで医療機関への紹介要請の約3分の1がその段階で解決されたのだった。
特定の病院に患者が押し寄せるのを防ぐ試みとして、市は7つの地区に分けられ、医師がその住所ごとにそれぞれの地区に振り分けられた。それぞれの地区は、できるだけ自前で問題解決を求められ、最も球を要する地区には緊急対応のための医師団が派遣された。患者が死亡して…中略・・・移送するたびに空きベッド情報がその地区の警察本部にもたらされ、あらかじめそこにリストアップされている入院中の人々の中から症状が重い順にその空きベッドが埋められていった。
市内のすべての看護婦が緊急援護看護委員会および訪問看護協会の監督下におかれた。両機関は毎朝、しない7つの地区ならびにそこにある医療機関の看護婦の需要数をチェックし、稼動できる看護婦や素人の看護ボランティアを送り込んだ。

クロスビー著『史上最悪のインフルエンザ』 第6章フィラデルフィアより抜粋

筆者の個人的感想を言わせてもらえば、当時の知恵で系統立てた対策がとられたことに感銘すら覚える。引用したのは当時推定人口176万人1)、このパンデミックで米国でも最大級の被害を受けた大都市、フィラデルフィアについての記述である。この都市は、不幸にして、結果的には全米でも最大級の被害を受けてしまったが、ただ手をこまねいていただけではなかったのである。もし、それがなかったら、犠牲者の数がさらに多かったことは想像に難くない。

大都市X市の発熱外来非設置方針を斬る

翻って現代日本、地方の大都市A市である。方針として系統だったことは一切やる気のないように見える。報道によれば2)発熱外来については確信犯的に国の指針に反発し、「国の発熱外来の発想はナンセンス」、難題ばかりであり「自治体としてできないことは取り組まない」と(見ようによっては最初から匙を投げ)、「患者には既存の医療機関に受診してもらう」とのことである。その時になったら「医師会の先生方が責任をもってやってくれること」になっているという。そのほかの地域医療維持のための方策は、まったくというほど見えてこない。想定される過剰な患者をほとんど既存のシステムだけで吸収しようという、無謀な策である。これでは、結局現状のままほとんど何もしないに等しい。それでは地域の病院などひとたまりもない。また、都合よく下駄を預けられようとしている地元医師会で末端にまで本当にそういったことがコンセンサスとしてあるのか、このままでいざというとき、みなが協力する保障があるのか聞いてみたい。

この誤りの根本は、以前も指摘した「蛮勇の押し付け」3)である。「新型インフルエンザといってもとんでもない未知の病気ではない」というのは正しい。だが、だからといって「手洗いの徹底や患者を出歩かせないといった生活習慣で防げる」2)というのはいただけない。「患者を出歩かせない」というのは正しいが、「手洗い」でなんとかなるといったことを言うようでは底が知れていると言わざるを得ない。想定する新型インフルエンザはどのようなものだろう。たぶん1968年の香港インフルエンザか重くて1957年のアジア・インフルエンザといったところだろう。だが、現在の不確実性の問題は、将来どのような「新型」がやって来るかが誰にもわからない事である。「致死率60%」のとんでもないインフルエンザのパンデミックが起きるとは筆者も思えないが、だからといって、現在の季節性のインフルエンザに毛が生えた程度のものしかやって来ない・・・それだって手洗いですむ話ではないのだが・・・と断言できる要素は今のところどこにもないにもかかわらずである。都合よく季節性のインフルエンザに毛が生えた程度のものだけが起きることを想定するであればそれで十分かもしれないが、そうであるなら危機管理などということばは不要という事になる。通常のシステムで吸収できない事態に対し準備しようというのが危機管理のはずである。

 

今はやらずとも、いざとなればトップダウンで何だってやれる。もしかしたら、そんなふうに考えているのであろうか。たしかに小さな町や末端の病院レベルなら、発想を蓄えておき兆しが見えた時点でトップダウンで行動を起こしてもある程度の事はやれる(……それでも、その内容が正しければというのが前提ではある)。だが、大きな都市では、ずう体が大き過ぎて全体の方針をまとめるのにも相当時間がかかる。それをすべていきなりトップダウンでやれるとはとても思えない。それは、先に挙げた大都市の特性(後半1)を考えても、反発を食らうだけである。

百歩譲って、発熱外来を設置しないことを哲学として尊重し、方針として認めるとして、その場合には医療現場の混乱を避けるための具体的な方策の提示が必要である。

X市の「発熱外来」設置方針の理由として挙げられている難題とは何であろうか?

1.その場で新型インフルエンザかどうかを判断するのが難しい事 2.診察する医療スタッフの確保が難しいことが挙げられている2)。後者は、どの自治体も頭の痛いところだろうが、大都市の医療資源は、他の中小都市がうらやむほどある。そこの動員ができないようでは、行政の調整能力不足あるいは行政に対する医療従事者側の不信の露呈以外何ものでもない。中小都市から見れば「何を贅沢な!」であろう。

前者については、「発熱外来」の機能の理解不足である。前回、発熱外来での話でもずいぶんと書いたが4)、一番大事なことは何か、それは「新型インフルエンザを診断すること」ではない。入院の必要性の判断である。本稿の最初に書いたように、「発熱外来」=「トリアージ・ポスト」なのである。季節性のインフルエンザでも、人によっては入院治療が必要になるのは常識である。新型がすでに蔓延している時点でそれを新型か否かで分ける必要性はどれだけあるのか? それが何であれ十分な治療の必要な人に十分な治療を提供するのが「臨床医」ではなかったのか。

「地区割り」と「母船を中心とした船団方式のシステム」私案について

さて、非難ばかりしていても始まらない。前向きに筆者の案を提示することにする。

前回、「発熱(インフル・)外来(トリアージポスト)」(以下、ポスト)を訪れ、そこの判断で自宅療養を指示された人の医学的フォロー問題をとりあげた4)。その際、ポストを基地にした往診部隊の案を述べたところで終わってしまったが、実はこの案は往診部隊単独の話ではなく大きな地域のシステムの一部としての案だったのである。そこで本稿でその話をする(図1、2参照)。

図1 母船方式案 フローチャート

これは、筆者が発案者として勝手に母船方式と名付けたもので、先に紹介した1918年の大都市を地区割りにして医療体制をコンパクト化した例にヒントを得たものである。大都市をそのまま大きいままに全市的に動くと、たとえば必要な人的・物的資源のサプライや入院施設の決定などが決めづらく、動きが悪くなるので小さく区切って身軽にすることと、ひとつのところに患者が集まってしまい混乱が生じることを防ぐ意味がある。

主要な役割を担う基幹病院ごとに地区(医療圏)割をし、その病院をその医療圏の母船(あるいは旗艦(フラッグ・シップ))にみたて、それ中心に当該地区にあるほかの病院を階層別に分け、それらを付随する船に見立てた協力病院を決め、さらにそれに前線基地のような地域の発熱外来(トリアージ・ポスト)とそこを基点に身軽に動くキャッチャー・ボートのような存在である複数の往診部隊を、ひとつの船団(ユニット)とするものである。(図1)。

まずは、ひとつの”船団”単位に絞って、患者の流れに沿って説明する。まず患者は、インフルエンザ相談コールセンターに電話し、電話トリアージを受ける。(あるいは、場合によっては後述の往診部隊が患者宅を訪れ、先に紹介した1918年フィラデルフィアの例のような「予備訪問」を行い、)必要と判断された場合に、時間予約制で地域あるいは病院併設のトリアージ・ポストを受診する(予約はコールセンターからポストの方に電子メールで即座に伝えられている。また、予備訪問をやる場合には、ポストを経ずに即入院もありうる)。そこで入院と判断されると基幹病院での入院となる。そこでの治療で軽快すれば良し。容態が安定しているのであれば、そのまま入院を続けさせるようなことはせずに協力病院に回して、そこで退院できるまでの体力回復を待つ(そういった患者をいつまでも基幹病院に置いておかない)。協力病院では高度治療は行わず、主に輸液のような一般的全身管理治療だけを行う。また、基幹病院で手の施しようのなくなった患者も同様である。基幹病院のベッドは治る見込みがあってそこにいることが必要である患者を優先する。

一方、ポストで在宅療養と判断され自宅に戻った患者である。前回アイデアを紹介したように4)、そのアフターケアおよび症状の悪化に対処できるように開業の先生を中心に、看護師、薬剤師、運転手兼事務職がチームを組んだ往診部隊がトリアージ・ポストを母港に地区の中を往き来するというものである。(なお、このやり方は大都市に限らず、一つのユニットを中小市町に適用させれば発熱外来―地域基幹病院のタイアップにも通じるものと考える。)

図2 母船方式案 概略図

図2で仮想A市をもとにもう少し詳しいイメージを示す(ただし図の大きさの都合上、大都市の規模を落として描いた)。A市には伝統的にa, b, c, d, e, f の地区割りがあり、基幹病院となる大病院が b、d 地区にあり(旗を立てた大十字印)、これらのほかにa, b, d地区には、ある程度先進治療のやれる準フラッグシップ病院があり(中十時印)、さらにそれぞれの地区には、高度医療に対応しないもののある程度の入院設備を持つ病院(青小十字)があるとする。 また、隣接するB市にも市境近くに大きな病院があるとする。

インフルエンザ・トリアージポスト(小赤丸)の設置: まず、インフルエンザ患者が訪れる可能性のある病院には、通常の外来のほかに、病院を守るためのトリアー・ジポストの併設は必須である。 また、市中にも各地区ごと1〜2か所、設置する(前回4)の「2.発熱外来反対論に応える」で、設置数についての考え方を述べた)

まず、基幹病院をフラッグシップ病院を核として地区の医療圏分けをする。たとえば、b 地区にあるフラッグシップ病院を中心にa、b、e、f 地区がひとつの医療圏ユニットでカバーされ、各地区にあるトリアージ・ポストからの患者を引き受ける。 b 地区内には、もうひとつフラッグ・シップ病院に準じる設備と人員を持った大きな病院があり、たとえばフラッグシップ病院で転院させたいが退院まではまだといった患者を引き受けて、前者のベッドの回転率を上げる手助けをする(場合によっては、病院をまたいだ主治医の診察もありうる)。また、a、b 地区には協力病院となりうる病院が、それぞれ2か所、1か所、計3か所あり、パンデミック時の入院対応のための病床を確保している。この医療圏は、隣のB市のフラッグシップ病院の医療圏との重なりもあり、場合によってはA市のd、e、f 地区のトリアージ・ポストからの患者の受け入れと d 地区の準フラッグシップ病院との間の入院患者の融通という面でA市の一部をカバーする。 同じように(図2には入れていないが)A市 d 地区にあるフラッグシップ病院は、B市の一部のトリアージ・ポストをカバーする。これは、自治体ごとにがちがちに割り振るのではなく、日常の住民の受診行動パターンにも配慮するという意味合いがある。 この場合には大都市と周辺都市の間の医療連携が重要になってくる。

ただし、混乱を避けるためにトリアージ・ポストへのコールセンター等による誘導は、a、b、e、f地区の住民は、原則としてそれぞれにあるポストに誘導し、その枠を越えさせない。

トリアージ・ポストには、各地区で診療所を開業している医師が自分の診療所の看護師、看護助手とセットでチームとして交代で詰め、ポストでの診療の順番に当たらないチームが順番で往診部隊の核となって、そのポストでインフルエンザと診断されながらも重症度のトリアージで自宅療養を指示された患者について(原則、自分が診た患者について)、その後の経過を電話で尋ねたり、見回ったりして、容態急変等の事態に対処する。

なお、各ポストあるいは協力病院に対しては、当該医療圏のフラッグシッブあるいは準フラッグシップ病院からの呼吸器内科やICTチームが、適宜診療や感染防止策に関するコンサルトを受け現地指導に当たる。

最後に

これまでパンデミック対策を長年筆者なりに考えてきたが、実は最も手強く、また被害者の絶対数からいけば一番多くなるのが大都市だと思っていて、なかなかそこに手がつけられずにいた。だが、まずは今回やっと筆者なりのアイデアを提示でき一息ついているところである。

だが、今のところ上に書いた私案にも、どうしても解決しておかねばならない壁が2つある。

ひとつは、言わずと知れた、人材をどうするかの問題である。とくに、本当に市中のトリアージ・ポストで当てにしている開業の先生方が、思惑通りに協力してくれるかの問題である。そのための問題点は、さまざまなところで語りつくされているはずである。あとは、それをどう乗り越えるかだけである。そうしたところは、また次号あたりで解説したい。また地域の状況の監視やコールセンター、「予備訪問」にあたる人材を、地域でどのようにして調達してくるかである。 それに対する筆者なりの答えも次回ということにする。

もうひとつにして最大の問題は、こうした案をいくら述べても、そうした病院間そして医師会を巻き込んだ、そして場合によっては隣接する他の自治体をも巻き込んだコーディネイトを、いったい誰がやるのかの問題である。一病院がそれをやることは不可能である。あと可能性として残るのは地域の医師会と行政であるが、地域医師会が大病院を取り仕切ることは考えられない。そうなると消去法で行けば行政である。行政と言ってもそれは一部署の部課長レベルでの話でもなかろう。首長の力量の問題となりそうである。そこを避けていては、このようなことは不可能であり、まさに絵に描いた餅のままであり続け、現行のX市の方針と結果は同じであり、それを非難することはできない。

このほかにも問題はいくつもあるかもしれないし、さまざまな応用形や、もっと良いアイデアもあるかもしれない。ひとりの人間が思い至ることなど、たかが知れている。筆者などは特にその口である。「3人集まれば文殊…」ともいう。複数の人がブレインストーミングをして良いものを形作っていくことが、まだ何も起きていない今、必要とされている。そういった意味で、今回紹介した私案についても多くの人たちから意見が寄せられることを、心からお待ちしている。

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