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2010年第2号 地域のパンデミック・プランニング
地域医療の現場の守り 戦術と戦略 医療従事者の安全と安心のための新しい工夫

西村秀一

独立行政法人国立病院機構仙台医療センター 臨床研究部病因研究室長・ウイルスセンター長

はじめに

本稿を書いている2月はじめ、新型インフルエンザの流行もほぼおしまいに向かっているかのごとき患者数の落ち込みである。流行の中で病原性が高く変化する可能性もないわけではないと心配していたが、このままいくとどうやら杞憂だったかもしれない。こうなると、そろそろわれわれのパンデミックプランニングも次をまた見据えていく必要がある。 さて今回は一度現場に戻って、戦術として一部戦略として、筆者が自分の研究データをもとに開発したある装置についての紹介である。

ふたたび、発熱外来について

1.今後の計画立案に当たって、発熱外来での医療従事者個々の感染防御をどのように考えていくか

今後の計画立案に当たって発熱外来をどうするかの問題は、たぶんどこでも議論になろう。今回の経験を踏まえた上で、必要と考える立場と必要ないと考える立場に意見が分かれるはずである。ただ前者も、絶対的な不要論と今回のようなものならいらないという立場に分かれるであろうが、それらは何をみているかの違いであろう。筆者の立場は、今度のようなインフルエンザでは結果的に不要であったが、流行するウイルスの病原性次第で必要であるというものである1)。さまざまな混乱、困難はあろうが、そこをうまく乗り越えるやり方を考え、上手に使う知恵が必要だとするものである2)。今回も、その前提での話である。

当初、状況がわからず緊張感が強かったこともあり、従来の高病原性インフルエンザを想定した新型インフルエンザ対策計画に基づいたやり過ぎに近い発熱外来が各地で設置され、陰圧テントと全身完全防備の防護服姿で医療従事者が診察にあたる姿が、マスコミをにぎわした。以前から懸念していたとおり、それは国民への過度のメッセージとなり、また実際にその場で働く医療従事者にとって大きな身体的負担となった3)

後付けの話となってしまうので恐縮だが、その後病原性は高くなかったことや、医療従事者の感染もそう深刻なものではなかったことで、あの異様な姿は、実際にそれで診療にあたった方々には誠に申し訳ないが、ある意味笑い話になってしまった。だが、今後本当にある程度病原性の高いインフルエンザが出現し、本当の意味での医療従事者の感染被害の懸念が出てきた場合どうするのかは、そこが問題となってくる可能性は大である。

 

発熱外来を設置せざるを得ないような状況では、適正な感染防御策が必要であることについては異論はない。ただ筆者の立場は、これまでも一貫して、現場の医療従事者全員が全身完全防備の姿で診療にあたることについては反対であった4)。 装着している本人もつらいが、それらPPEを大量に準備する行政もつらい。また受診する患者にとっても異様で怖い。このように三方損だが、医療従事者にとっては身の安全を考えればやらざるを得ないという葛藤は、必然的に起きる。 そこで、これに応えるべく筆者は1つの答えを出した。あるいは、少なくとも答えとしての提案はできるようになった。それは1つの装置である。

2.医療従事者の発熱外来診療への参加を促すために

発熱外来、とくに自治体あるいは地域の医師会が市中に設置する場合を考えるうえで、そこに詰める医療従事者を集める問題がある。どこでもそこは悩みの種であろう。快くそこに参加してもらうには、どんな状況であろうと彼ら彼女らの安全の担保は必須である。だが、たとえ全身防備のPPEを準備しても、使い方に不安もあるし、長時間の使用には耐えられず、結果的に医療従事者もそれだけ多くの人数が必要となってしまうのだ。

また、たとえ医療従事者を集められたとしても、もう1つの大きな問題がある。発熱外来における困難の最大の問題、すなわち短時間で大勢の患者に対応しなくてはならないということがある。これらの難しい条件のなかでの医療という設定にならざるを得ない。その場で、医療従事者を含め余分な患者を作り出さずに、効率よく受診者をみていく工夫が必要である。

そこに貢献したいという思いで、筆者は空調設備専門メーカーと共同で次に紹介するようなものを考案、実用化し、昨年7月バリフロー®という製品名で発売した。これは、筆者らがここ数年テーマにしている、咳やクシャミの動的・質的解析の研究成果の応用である。

これは、現場の医療従事者の立場でいえば、戦術としての感染防御の一手段であるが、地域の医療システムの立場でいえば、医療従事者に安心と快適さを保証し、それによって発熱外来への参加を促す人的戦略の1つとも言える。

診察用クリーンブース、バリフロー®の開発

1.バリフロー®のコンセプトについて

これは、先に述べたとおり新型インフルエンザ流行時の、発熱外来での患者の診察を想定した診察用クリーンブースである。医療従事者にとっての発熱外来における究極の危険とは、患者が発する飛沫に由来するウイルスである。これが医療従事者の周囲に空中に浮いた状態で存在すれば、感染を受ける危険性があるということになる。そこで、そうしたものを近づけない工夫として考えたものだった。咳やくしゃみにともなって感染者の口から勢いよく噴出されるエアロゾルから医療従事者を守るべく、患者の咳やくしゃみのエアロダイナミズムの解析と気流の流体解析等の研究をベースに作り出したものである。

図1 バリフロー®の基本概念図基本的には、これは非常に強力な空気清浄機である。それを、クリアな視野を確保し診察が普通にできるよう工夫した透明カーテンで囲んだブースである。ブース内に位置し診察にあたる医師の背後からHEPAフィルターで濾した清浄な空気が流れてくるのである。ただし、その中ではものすごく強力な気流が生じているわけではない。柔らかな気流で、それなりの効果を出す、そこにはさまざまな工夫がある(図1)。
 診察で一番の感染リスクが生じるのは、迅速診断のための検体を患者の鼻腔や咽頭から採取する場面である。患者は当然マスクを外した状態であり、この操作で患者は反射的にくしゃみや咳をすることが多い。だが、この装置を使えば、それらにともなうしぶきは、ブースから流れ出る気流に押し戻されて、直接ブース内の医療従事者の口元には到達しないというコンセプトである。

 

図2 バリフロー®の効果だが、単に空気清浄機からの風を背後から受けただけでは、医療従事者の姿勢によってはその陰になる胸や腹側の領域で、ちょうどビル風のように流れが渦を巻いて、患者が咳やクシャミをした場合に、そこで短時間だが留まってしまいそこから場合によっては口元まで上がっていくことがわかった。そこで試行錯誤を重ねた結果、医療従事者の立ち方座り方と気流の出口のカーテンの形状を工夫する事で、その問題をクリアすることができた。その結果、気流は、医師と患者との間に垂れ下げた短いカーテンの作用で医師の斜め下方に整流され、医師の頭部から顔、胸、腹部へと小さな滝のように流れる。そのため、患者が診察時にマスクを外した状態でくしゃみや咳をしても、しぶきは、最初に医師との間にあるカーテンで遮られ、さらに中に入り込んだものも「気流の滝」によって押し戻されるのである (図2)。

 

陽圧型模擬使用例このブースの中に医師が入り、次々と訪れる患者を流れ作業で診察していくのである。 この中に入っている限り、患者がたとえ咳やクシャミを自分に向けてしたとしても、医師 は完全に守られる。それも、念のためサージカルマスクをするくらいで、例の完全防備の 重装備は不要となる(図3)。

ブースのなかは大丈夫だとして、それでは周囲にいる他の人たちのリスクはどうなるのと いう質問も出るかもしれない。その質問への答えは、最初に述べた本装置が「非常に強力 な空気清浄機である」というところにある。本装置は、狭い部屋であればあるほど効果を 発揮する。部屋の容積にもよるが、ちょっとした小部屋であれば、ほんの1〜2分のうちに HEPAフィルターで部屋中の空気を濾過してしまくうらいの濾過能力を持つ。これで診察室自体をクリーンルーム状態にし、周囲への感染リスクをも激減させるのである。

2.バリフロー®の陰圧仕様での使い方

上記は、バリフロー®の開発のコンセプトであったが、その使い方は発熱外来に患者が次から次に訪れる状況の下での使用法を考えたものであった。だが、かなりコンパクトになるようになってはいるものの、平常時、この装置は場所もとり、無用の長物になりかねない。 病院や発熱外来が併設されるような救急診療所などでは、平常時に、他に何らかの役割が ほしいところである。そこで考えたのが、本装置の裏側も利用して、そこを先ほどと同じ カーテンで仕切り陰圧型の装置として使うことであった。

図4 陰圧使用の例これは陽圧型と風向が逆になり 中に患者を入れ外から医師が診察するシステムである。患者の出すエアロゾルをそのまま フィルター・ファンで吸い込み、ブース外へは一切漏らさず、HEPAフィルターで濾しとった空気だけを外に出すのである。この場合、患者の容態に合わせて、簡易移動ベッドに横臥させたままで側面に取り付けた窓から診察することもでき、また患者の方向を変えることで施術者の安全を確保したままでの気管挿管の作業までもが可能である(図4)。
 最近、病院などの外来に肺結核の患者あるいはそれを疑うような患者が不意に訪れたり、急患で運ばれてきたりするケースが頻発しており、そのたびにそこで診察する医療従事者の間で不安が生じているが、この陰圧での使用は、そうした現実に対しても1つの武器となるものである。

もちろん、使い方としてはそれだけではない。変わったところでは、警察や検察で、被疑者が開放性結核、あるいはその疑いのある場合に、取調べ担当者に大きな感染リスクが生じるが、そのような場においても被疑者にマスクをさせることなく(マスクをさせたら表情が読み取れない)、感染の心配なく取調べが可能となるといった使い方もできよう。

こうした適用により、本装置はパンデミック時のみならず非パンデミック時にも十分使えるものになっている。もちろん新型インフルエンザの場合にも、患者がまだ散発的にしか訪れていない時期には、この陰圧型での対応が適当であろう。

図5 陽圧・陰圧両用の概念図

以上、陽圧型と陰圧型を例えて表現すれば、「前者はクリーンベンチの中に医師が入り患者は外、後者は安全キャビネットの外の医師が中の患者を診察する」と言えばわかりやすいであろうか(図5)。

なお、本装置の説明に関しては、共同開発を担当した高砂熱学工業株式会社による以下に示したウェブサイトがあり、本装置の理論的な部分を説明する動画とともに閲覧できるようになっている。ぜひご覧いただきたい。

http://www.tte-net.co.jp/technology/system/system_23.html

おわりに

本装置は、すでに山形大学附属病院(図4)をはじめいくつもの病院で設置されており、自治体としては仙台市が急患センターに設置している。これまでに挙げた例での非パンデミック時の使い方だけでなく、今後、例えばSARSの再登場や何らかの危険な新興感染症が登場するような場面でも有効に使える装置であり、病院あるいは地域の危機管理にとって十分存在価値のあるものになろう。 だが、筆者の開発者としての本来の願いは、今後、ふたたび新型インフルエンザのパンデミックが、それも病原性がある程度高く医療従事者もしり込みするようなパンデミックが起きたとき、この装置が医療従事者にPPEによる過度の負担を強いることなく安全を保証し、そのことで多くの医療従事者に安心して発熱外来での診療に参加してもらえるようになることである。そうなれば開発者冥利に尽きるというものである。何より、そのようなパンデミックが起きないでいてくれる事が一番であることは言うまでもないが。

References

  1. 西村秀一: 地域のパンデミックプランニング (18) 地域医療の現場の守り 戦術 (その3) 発熱外来 (fever clinic) について. インフルエンザ 10: 65−71, 2009.
  2. 西村秀一: 地域のパンデミックプランニング (19) 大都市を考える(その1)―大都市の特性に合わせたプランと母船方式・地域割りのアイデア―, 10: 167-173, 2009.
  3. 西村秀一: 地域のパンデミックプランニング (21) 地域医療の現場の守り 豚インフルエンザの流行勃発と発熱外来の課題(その2. インフルエンザ 10 343−349, 2009.
  4. 西村秀一: 地域のパンデミックプランニング (17) 地域医療の現場の守り 戦術 その2 理屈にこだわる現場の対応……具体的リスク評価と防護具(PPE)の選択:「メリハリ」について.インフルエンザ 9: 313−319, 2008. 
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