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地域のパンデミックプランニング 2004年 第2号
 来るべきパンデミックの被害予測−CDCの被害予測ツールFluAidとFluSurgeの紹介 特徴と限界−

西村秀一

独立行政法人国立病院機構仙台医療センター 臨床研究部病因研究室長・ウイルスセンター長

感染症の拡大による社会経済的影響は、SARSの例でもわかるように多様な要素があるが、影響を評価するのに必要になる最も基本的なデータは、発生することが予測される患者感染者の数である。ところでわれわれ宮城パンデミック研究会の活動のなかに、翻訳サブグループによる海外の参考文献の邦訳作業があり、その成果を関係者各位に送付、紹介しているが1)-3)、そのなかにCDC(Centers for Disease Con-trol and Prevention)が発行した「地方レベルのパンデミック・インフルエンザ対策指針」がある。このなかに地域の保健医療当局者や病院関係者が事前にパンデミック対策計画を立案する際に参考になる、パンデミックの公衆衛生的・社会経済的な影響を予測するための基礎データを提供するツールがある4)。地域の年齢別人口がわかっていれば、このツールに従って推定される患者数や死亡者数を算出することができるものであり、これをうまく便えば、たとえば地域ごとの医療資源と比較することにより、事前の準備として何が不足しているのか、何に重点を置いた準備が必要なのかを知ることも可能となる便利なツールである。

1 FluAidとFluSurgeについて

 もともとこのツールを構築する基礎になった仕事は、パンデミックによる米国の経済的損失を最小限にするためのワクチン接種計画をシミュレートしたものであり5)、そのための最も基礎的データとなる患者数・死亡者数などを試算するため作成されたのが、このツールである。住民の年齢層別人口をもとに、手作業で簡単な算数計算をすれば良いだけの便利なものだが、実はもっと使い勝手の良いものがCDCのWEB上に公開されているので、ここで紹介したい。

FluAid
http://www.cdc.gov/flu/tools/fluaid/
FluSurge
http://www.cdc.gov/flu/tools/flusurge/

CDCのホームページのインフルエンザのページをみると、pandemicpreparednessと並んでFluSurgeとFluAidという項がみつかる。上記のツールと同じバックデータと数理モデルに基づいて、パンデミックインフルエンザによる患者数、死者数を推定算出するソフトウェアとして構築されているもので、それぞれに本質的な違いはないが、FluSurgeはFluAidを一部簡略化した形に改変したもので、グラフィックな表示が組み込まれていること、FluAidから得られる指標をより現実に役立つ形に加工していることなど、よりデモンストラティブな構成になっている。
  FluSurgeで個別に入力が必須な項目は地域の年齢階級別(0〜17歳、18〜64歳、65歳以上)の人口だけで、その他は想定されるパンデミックの持続期間(週数)と感染率をポップダウンメニューから選択すれば、入院を要する推定患者数および死亡者数がはじき出されてくる。入院患者数や死亡数算出のもとになるデータは、米国での過去のインフルエンザの流行に関する多くの疫学論文をもとに設定されたものだが、過去のデータの信頼性の問題から、最小から最大まで、幅のある推定値として与えられる。また、ここでの「感染率」は、インフルエンザによる有症状者の地域の人口に占める割合で、医療機関を受診したり、仕事を休むなど、何らかの経済的な損失を伴う場合のみを有症者として扱っている。感染率は過去のデータをもとに、米国では15%から35%の範囲であると推定されているが、15%と35%では当然推定値が大きく異なってくる。推定値がこのように大きな幅をもった数字として与えられているのは、曖昧なものとして否定的に捉えられるものではなく、むしろ計画立案者が単純単一な予測値の過信に陥り、計画策定において大きな見込み違いを犯す危険を回避する役に立つものと考えられている。
  FluSurgeはFluAidに基づきこれを改良したプログラムになっており、FluAidでは総入院患者数と総死亡数が別個に得られるが、FluSurgeではまず死亡の70%が病院内での事例であると想定され、FluAidにより算出される総入院患者数と総死亡数の70%の和が総入院数とされている。また、FluAidでは入院患者と死亡者それぞれの総数のみが示されるが、FluSurgeはこれを週ごと(あるいは日ごと)の分布にまで還元した数字を提供するように改良されている。流行のピークまでは毎日の入院患者数が前日比3%ずつ増え、ピーク後は3%ずつ減ると想定し、平均在院期間を1週間に設定して、週ごとの分布が割りあてられている。FluSurgeは病院の収容需要予測を主たる機能としていることから、総入院患者数の予測に加え、ICUへの収容が必要な患者数(入院患者の15%に設定)と、人工呼吸器の装着を要する患者数(入院患者の7.5%と想定)の週別見込み数も提示される。また、予測死亡者数も第3週以降の週ごとに割り付けられた形で表示される。さらにFluSurgeでは、地域の現在の病床数、ICU病床数、人工呼吸器台数を入力すれば、パンデミックにおけるそれぞれの占有率が算出され、パンデミックでのこれら資源の需要圧力の強さが推測され、対策計画を立てる際に参照すべき重要な情報となる。これらの推測値が週ごと、目ごとにどう推移するかがグラフで表示され、実際のパンデミックに直面したかのようなシミュレーション感覚をもつことができる。

2 FluAidの特長

一方、FluAidでは出力情報として入院患者数や死亡者数に加え、外来受診患者数の推定値が算出されるなどの違いもあるが、FluSurgeとのより大きな違いは、入院患者数や死亡者数の算出基礎になるデータとして、1,000人あたりの入院と死亡それぞれの発生率を個々に入力できる点である。FluSurgeと同様に、過去の疫学データに基づいた初期値が与えられていて、それをそのまま使っても良いが、地域ごとの状況に応じて自前のデータを入力することができるようになっている。現実には、患者や死亡者の発生率について、地域が独自に根拠のある数字を得ることは困難であろうから、その利用価値としては、入力する発生率を変化させることで患者数や死亡数がどれだけ変動するかを把握し、パンデミック対策の柔軟性・融通性の確保に役立てることかと思われる。FluAidとFlu-Surgeのもう1つの違いは、FluAidでは地域の人口を年齢別に入力するほかに、年齢別集団に占めるハイリスクグループの比率を入力する点である。ここでいうハイリスクとはインフルエンザに罹患した場合、入院や受診を要する可能性がより高い集団を意味し、患者・死亡者の発生率の場合と同様、多くの疫学研究や来発表データから得られた値が、ソフトの初期値として与えられている。このデータも地域で独自に得ることは容易ではないが、これも入院や死亡の予測発生率の場合と同じように、たとえば、65歳以上の層におけるハイリスク集団の比率を高く設定するなどして、変数の違いによる影響の変動をシミュレートしてみることもできる。ちなみにFluAidでは65歳以上の年齢層すべてをハイリスクとしているわけではないが、65歳以上の住民すべてをハイリスクとする見方もあり得るし、また一方で、流行によっては1918年のパンデミックのように若年成入層に犠牲者が多く出るようなインフルエンザもあり得ないわけではなく、それらの場合の影響をこのソフトで予測評価するのも興味深い作業である。

3 FluAid ・ FluSurgeの「限界」と「地域での活用」のすすめ

 FluAidはこのように、FluSurgeより詳細な基礎情報を入力できるため、パンデミック対策を考えるツールとしてはより実態に近い結果を提供してくれるようには思われるが、FluAidにしても自ずから限界があることは認識しておかねばならない。

第1にツールのもとになっているデータ6)がどういうものだったかを知っておくべきであろう。まず、先にも述べたように年齢層ごとのハイリスクとされるポピュレーションの割合は、当然米国の実情によるものであり、入院患者数や平均入院期間、そして死亡者の具体的な推定発生率のもとになった疫学データも、各年齢層、各項目ごとに解析の手法などが異なっていることが多く、均質ではない。また当然ながら米国での流行に基づいたデータで、しかも非パンデミック時のものが多いという制約もある。あるいは一部パンデミック時のデータに基づいている場合でも、来るべきパンデミックを予測する数値としてこれが信頼できるデータであるかは、誰にもわからないというべきであろうか。

第2の留保事項としては、パンデミックでは保健医療に従事するマンパワーも大きな影響を被る(患者になる)ことになるが、FluAidやFluSurgeではその影響は考慮されていないという問題がある。FluAidにしろFluSurgeにしろ、以上述べたような不確実性が避けられないソフトではある。だがそれでも、それを踏まえたうえで使うのであれば、パンデミックに対する準備をするうえで立派な武器になることは間違いない、ソフトの作者は、推定される被害予測を単一の数値としてみるのでなく、幅のある指標として捉えることが重要であると述べている。実際、入力する変数を何度も変えてソフトを走らせてみると、被害予測においてどの変数がより重要であるかがわかってくる。

さまざまな限界を踏まえたうえで、こうしたツールを地域の仕事に活用することができる。このツールから、たとえば入院施設の必要数や現状の数宇との対比による不足状況が推測できるし、あるいは病院外ケアの必要量もそこから導かれるだろう。抗ウイルス剤の必要量や準備可能量を推定し、不足への対応を考える基礎資料にもなるだろう。

おわりに

筆者の知る限り、日本独自に作成された同様のシミュレーションやソフトウェアは残念ながらまだ存在しない。純国産のシミュレーションソフトができればそれに越したことはないが、それにかかる莫大な労力とわれわれの能力を考えれば、そうたやすくはないだろう。一方、米国のFluAidやFluSurgeであっても、これまで述べてきたような考え方で使うのであれば、日本でも十分に活用できるものと思われる。

基礎になっているデータが米国のものであり、過去の流行に基づいているだけとはいっても、そもそも来るべきパンデミックの被害規模予測の精度はかなり曖昧で当然なのだから、あくまでもソフトの曖昧さを留保したうえで、日本での将来のパンデミックに備え、大いに活用してみてはどうだろうか。

最後に、今回紹介したツールには、ワクチンや抗ウイルス剤の介入の入力項目もある。また、地域の現在のICU病床数や人工呼吸器台数、通常のインフルエンザワクチンの年齢層ごとの接種率など、地域の実情を示す数字を入力する項目もある。自前のツールをつくることは難しいにしても、こうした基本データを詳細に押さえておけば、シミュレーションの精度を上げるのに役立つということを付け加えておきたい。

References

1)CDC National vaccine Program office,Pandemic lnfluenza : A Planning Guide for State and Localofficials(Draft 2.1),1997 宮城パンデミック・インフルエンザ研究会文献翻訳サブグループ編,対訳パンデミック・インフルエンザ:地方レベルの対策のための指針,2002,自費印刷

2)CDC,vaccination Clinic Guide-line : Smanpox Response Plan and Guidelines (Draft 3.0)Annex 3,2002

宮城パンデミック・インフルエンザ研究会文献翻訳サブグループ編,全訳天然痘ワクチン接種クリニックガイド……大規模集団接種のための施設の設置・運営の手引き,2003,自費印刷

3)Preparedness Planning for State Health Officials……Nature's Terrorist Attack Pandemic lnfluenza. Association of State and Territorial Health officials(ASTHO),2002

宮城パンデミック・インフルエンザ研究会文献翻訳サブグループ編,対訳:地方の保健担当者のためのパンデミックプランニング自己チェックの手引き,2004,自費印刷

4)文献1のTable 2.

5)Meltzer、M.I.,Cox、N.J.,Fukuda,K.:The economic impact of pandemic influenza in the united States : priorities for intervention. Emerg Infect. Dis.  5: 659-671,1999

6)Meltzer、M.I.,Cox、N.J.,Fukuda,K.:Modeling the economic impact of pandemic innuenza in the united States : lmplications for setting priorities for intervention.(文献5のAppendix II)

(なお本稿は、メディカルレビュー社 『インフルエンザ』 2004年10月号に掲載されたものです。)

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