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2007年第3号  地域のパンデミックプランニング
 小〜中規模市町の守り (その1) 戦略(ストラテジー)について

西村秀一

独立行政法人国立病院機構仙台医療センター 臨床研究部病因研究室長・ウイルスセンター長

はじめに

今回から小〜中規模の町や市について考える。小〜中規模の町や市といっても、大都市に隣接するものと、大都市から離れた小都市あるいは町とでは状況が異なる。前者では、大都市に医療資源のほとんどを依存している場合もあろうし、さまざまなケースを、簡単に十把一絡げに論じることはできないし、本稿ですべてについて網羅することはできない。今回は、例として大都市から離れている場合を想定し考えてみた。医療資源としては、町立あるいは市立あるいは小さな県立病院ぐらいがある人口数万人程度のまちのイメージである。これからの何回かで、こうしたところでのパンデミックヘの対処の仕方についての私案と、その抱える問題について書いてみたいと思う。

戦いに臨む際には、いきなり殴り合いから始めるのではなく、戦いの場の設定を含めた「戦略」が必要であり、それがあって初めてその実現のために個々の「戦術」がある。今回は、小〜中規模の町や市における、医療の問題を主戦場に、まずは戦略について考えてみる。

1 まずは、対策の概略についてのデッサンが大切ということ

現状では、ほとんどの市町村は、国あるいは県が自分たちのために何らかの対策という絵を描いてくれるだろうといった、待ちの姿勢と思われる。だがそれは幻想である。それぞれの物的、人的な環境、資源などが異なるところを、すべてカバーできるような計画を描くことは不可能であるし、もしそれらしきものを決めたとて、そこにある細かな規則のようなものをいきなりもってきても、それだけでは事がうまく運ぶはずもない。

では、一体どこからどうすればよいのか?

ここに某地方都市の担当者とのやりとりで筆者が送ったメールがある。そこには筆者の基本的に言いたいことが載せてあるのでその一部を紹介する。

やり方として、まずは大きく、どういったイメージで対応するのか、全体像のイメージを作り上げて、それから細部を決めていくというやり方をとります。とにかく動き始めることが大事だと思います。

具体化を望むのであれば(というより、地域レベルでは具体的に考えなければならないのですが)、まずは大きく、どういったイメージで対応するのか、そのイメージ作りが大切だと思います。いきなり細かなことを具体的に決めることは不可能ですし、かえってバランスが悪くなります。一般的な絵の書き方と同じで、全体像のイメージを作り上げてデッサンをして、それから細部を決めていくというやり方をとられたらよいと思います。

その全体像のイメージ作りにじっくり時間をかけることが大切です。いろんな人がイメージを出し合い、それをもとに議論し、知恵を出し合い、最終的にどういった路線をとるのか首長が決断し、後は細部はある程度各部署に任せ、最後に再び大局からみて調整するというのが、結局は早道であり、かつよいものができあがるやり方だと思います。

まず、定法として国や県と同様に、まず流行のステージの定義を決める。そこからステージごとにやることを考えてみればよい。

本稿では、筆者が対策を最優先すべきと考える上記でいえば第4ステージ、パンデミックがすでに国中を席巻している状況に対してどうするかについて考えてみることにする。

2 戦略(ストラテジー)と個々の場での戦術各論(タクティクス)

戦いで大きな成果を収めるためには、そのときどきの思いつきではない道筋だった作戦が必要である。それを階層的に現せば上述のデッサンに相当する戦略が必要であり、その実現のための戦術が練られるべきである。前者あっての後者であり、前者なくしての後者は、混乱のもとである。これは、今回のような規模の自治体だけでなく大都市にも、どこにも一般化できるものと筆者は考えているが、昨今の本邦のさまざまな行動計画を概観すると、そこらへんの取り組み不足のようなものを感じる。

1.戦略について

前述のメールの内容で言えばデッサンにあたる。戦略の実現のためには(一部戦術の範躊にも入るが)、大きく分けてハード面の整備とソフトの開発という準備がいる。前者には資金が必要だが、後者に必要なのは地域の実情に合わせた現実味のあるアイデアである。ここぞプランニングの腕の見せどころと言ってもよい。

2.状況予測とそれに基づく戦略構築

今回は大都市から離れていることが前提であり、そのような状況では、大都市からの救援や大都市の医療機関への患者の移送など、望むべくもない。自分の市や町のもてるもので何とかしのぐ意識が必要となる。考えるべきは、進入があっても蔓延までを食い止めようとすること、蔓延の事態に至った場合でも何とか被害を最小に抑えることである。

イメージとしては前2回であげた過疎地でのコンパクトな守りが、ここでも基本となると筆者は考える。小〜中規模市町といえどもやはり対象が広すぎ、ひとくくりではきめ細かな、それを構成する地域の実情に合わせられない危険性が高いため、特に人的資源の割り振りなどを考えれば、いくつかの地区に分けて、1つひとつの地域に過疎地で考えたような対応を考えるのがよいと思われる。

ただ、それぞれの地区間の資源の偏りを無視した区域分けは、住民の間に不公平感を生じる危険性があり、区域分けには慎重さが必要である。そして、それらの区分けの内部で具体的にどのようなことをやり、また全体としてどのような整合性をとるか、そして大きく全体をどのようにシステマチックにまとめあげるかである。

いずれにせよ、自治体の最初の大きな決断の分岐点は、何かをやるかやらないかと、やるなら全く新しいことをやるか、あるいは既成のものをもとにしながら運用面で新しいことをやるか、という選択にある。

3.医療と医療以外の2本立て戦略

戦いの場については、大きく分けて医療の問題と医療以外の問題の2つがある。

本稿ではまず医療面の問題を取り上げるが、パンデミックでは、純粋な医学上の問題というより医療資源の分配、効率よい使い方、すなわち地域医療のあり方が問題となる。もっとわかりやすく言えば、公的病院と個人診療所あるいは個人の小病院との連携あるいは役割分担である。これを、緊急事態における地域医療の(緊急避難的)フレームワークとでも呼ぼう。ここでは、前回までの過疎地とは異なり医療資源がある程度あることが前提となっている。ただし、大都市と違って絶対数はそう多くない。そうなると、限られた医療資源をどれだけ有効活用し、長くもたせるかが大きな鍵となってくる。以下は、「たとえば……」といった私見である。

4.地域医療の(緊急避難的)フレームワーク私案

まずは病院について考える。医療施設が少ないということは、計算という意味では大都市よりも非常にわかりやすい面がある。医療従事者をはじめとした人的資源、レスピレーターのような医療機材や抗ウイルス薬や抗菌薬、感染防御用資材など、そして現有病床数や精一杯空けたとしてどれだけ重症インフルエンザ患者を入院させることができるかも含め、事前に現有医療資源が把握しやすいという意味である(事前だけではなく流行時のリアルタイムでの把握も比較的に容易である)。

たとえば、その地域で出るであろう重症患者数は、現在CDCのソフトや厚生労働省がやっているやり方などで一応数字として出せるので、そこからある程度必要病床数の試算はできる。後は使える病床数との比較である。現有の病床数で事足りるのか足りないのか、足りればよし、足りなければどうするか、これは今でも考えられることであり、行政はそこを責任をもって考えるべきである。さて、足りない場合だが、一般的方法は3つ。1つはよそに送る。これは、最初に述べたように大流行時には不可能。あとに残された道は2つ。何もしないで放っておくか、自前で何とか病床数を増やすか。前者は行政の責任放棄。最後に残された道は唯一後者だが、さてどうやって? そう簡単でないのは重々承知である。それに対する筆者なりの答えはすぐ後で述べるとして、その前に、まず筆者の考えるパンデミック時の、地域医療における病院の機能分担の考え方について述べてみたい。

(1)地域医療の機能分担について

筆者は、自分が病院に所属する医師という視点もあろうが、入院設備のあるような中心的医療施設の機能は、医療の維持の視点からも、死守すべきと考える。結論から言えば、極端だと思われるかもしれないが、パンデミック時、こうした病院はインフルエンザ疑い患者の初期診療の機能は返上し、別の面で大いに地域に貢献すべきと考える。

まず、通常の診療状態を考えてみる。外来はいつも非常に込み合っている。特に地方都市は老人の慢性疾患患者が多い。この状態に、インフルエンザ患者が加われば、まず、ここでの混乱を介した交叉感染の問題が出てくる。いくら工夫しても、通常の患者と新型インフルエンザの患者を同じ建物のなかで扱おうものなら必発である。また、増大する患者ロードに耐え切れず医療従事者が疲弊し、結局医療と患者が共倒れになる可能性が高い。

筆者は、こうした場合やり方を大きく変えて、通常の外来ではインフルエンザ疑い患者の初期診療はやめて、病院は主に重症化した患者の治療に特化するような運用面での思い切った戦略決めが必要と考える。もちろん、たとえば救急外傷や急性疾患などの診療機能は維持すべきであるが、急を要しない入院患者は帰宅していただくような使えるベッドを増やす工夫のもとにである。

では、どこが外来機能を請け負うか?

それでもやって来る患者による交叉の危険性を避けるために発熱外来のようなものを病院の外にプレハブの建物、あるいはテントを張って設置することは、まずは病院としては不可欠な施策になるが、それでまたそこにだけ患者が押し寄せる事態となっても、共倒れの危険性加増すだけである。そこで、ここでの患者ロードを可能な限り減らす、患者の分散の目的で、発熱外来を「地区単位で」設置していくのである。そこで初診患者を引き受け、さらなる治療が必要と判断された患者を、病院あるいは臨時ケア施設(緊急避難的に病院入院に準じたケア施設を意味し、そういったものが作られるのであればだが)に送り、病院はそうして送られてきた患者の治療に集中するのである。最初からわかっている患者に対しては、病院にも心構えがあり、院内での交叉感染あるいは医療従事者の感染は極力減らせる。

それらの設置場所としては、以前、本連載のなかの「田舎を守ること」で「潜在的収容施設」で例をあげたような、地区公民館あるいは地区センター、地区体育館、さらには、休校措置中の学校などの施設があげられよう。そうした施設そのもの、あるいはそのそばに、病院の場合と同様、プレハブの建物あるいはテントを張って設置する。不幸にして蔓延し始め、まちの中心的医療施設での重症患者受け入れベッド数が満杯となる事態は、パンデミックでは覚悟しておかねばならないが、後者であれば、その際に本来の施設を臨時ケア施設として使うということもできる。あるいは、逆に最初は施設を発熱外来に使っておいて、必要となったときにプレハブあるいはテントで発熱外来を作り、それまで発熱外来として使っていた施設を重症患者ケア施設にするという手もある。

(2)誰がどこで初期診療を受け持つか?

ここまではいい。だが、問題は、誰がこうした地区の発熱外来あるいは重症患者臨時ケア施設で働くのかである。

現代医療は、非常に細分化されており、医師はたいてい自分の専門領域をもっている。通常の診療であれば、インフルエンザの患者は、大人であれば内科、それも呼吸器の得意な先生に任せる流れになるのが普通である(もちろん小児科は小児であれば当然診るし、最近は病院によって名称は異なるかもしれないが、一般内科、総合診療科といったものもある)。だが、患者数がまだ少ないうちはよいが、危機的状況にまで増えた場合、それらの医師だけで対応することは不可能である。専門領域の必要最低限を維持することはもちろんだが、専門外だからといって傍観者を決め込むことは許されない。先に述べたように、使えるベッドを増やすために急を要しない入院患者の帰宅措置で、余裕のできた分、適切な人の指導のもとに事にあたる必要がある。自分の病院に入院してくる患者の治療、管理であろうが、外への応援であろうが、である。

発熱外来に関しては、そういった人たちがまずは働き手として考えられる。もう1つの可能性ある人的資源は、地域の開業医あるいは小規模病院の医師たちである。流行が蔓延してきたとき、何やら「おそろしげな」新型インフルエンザの患者が自分のクリニックにやってくる可能性があるとき、彼らははたして、いつもどおりに患者を受けるのか? 「住民のために自分は受ける」というのであればそれでよし。だが、普通心配するのは自分のクリニックの待合室での混乱とそれによる感染や、医師や看護師、事務職員の感染であろう。それを考えると、「インフルエンザ患者お断り」の看板を出すか、いっそのこと「当分の間、諸般の事情により休診」とやったほうがまし、と考える向きが出てきても一向に不思議はない。

それなら、むしろ地域の発熱外来で働いてもらうのはどうかということである。そうした先生方と病院からまわせる医師とが、スケジュールを組んで、地域の発熱外来に詰めるという発想である。報酬の問題はそれなりに解決してもらう必要はあるものの、少なくともクリニック内での混乱と感染は防げる。また、こうした非常時、内科・小児科以外の科の開業医師たちについても、病院の専門外の医師たちについて述べたと同様に、内科・小児科の先生方と一緒に地域のために働いてもらう必要がある。こうした発熱外来の主な役割は、ひとことで言えばトリアージである。そこに詰めた医師たちに判断してもらい、軽症で必要であればそこで点滴などの簡単な処置や投薬もできればよいし、重症者は病院やケア施設へ送るのである。また、そこで患者や家族や地域住民に対するさまざまな注意や説明も行うようにする。

こうした非常措置がとられるのであれば、広報などによる住民に対する十分な説明が必要になってくることを付け加えたい。

また、これは、地域の医師の協力がなければ実現不可能な戦略である。事前に地域の医師会に対して提案し、理解が得られるよう説明を尽くす必要がある。そこで医師会が結束して事にあたってくれれば理想的ではあるが、医師会とてさまざまな人たちがいることであろうから、たぶん協力しないという人も多いかもしれない。いざというときには一人ひとりを説得するくらいのことが必要になってくる。

こうした新たな枠組み作りは、一病院が単独でできるものではない。地域全体の枠組みが必要であり、病院はそのひと駒(そうはいっても相当重要な駒には変わりない。だが、たとえば将棋は1つの王将だけでは勝負にならない)である。誰かが主導権をもって地域全体の駒を計画的に動かさなくては不可能である。誰かが主導権をもって病院を含む地域全体をまとめ上げることなくしては不可能である。それは誰か? 首長をトップとする行政以外にあり得ない。具体的に、何を、誰を、どのように動かすか、住民をいかにこのシステムにうまく誘導するかは、戦術の領域であり、それはもっと末端が考えることで済むが、戦略の部分については、首長が、行政が気概をみせずして何の対策であろうか?

5.医療従事者、特に看護師の活用戦略について

また、医療における人的資源であるが、医療は決して医師だけが担っているわけではない。病院に限らず、発熱外来や臨時ケア施設を作るにしても看護師、放射線検師、臨床検査技師、薬剤師、事検職員などの配置も大事である。それは、戦術の領域である。特に、医師数の少ない地方では、看護師に関しては、必要人数も多いだけに特段の配慮が必要である。

むしろ、重症化して入院した場合など、頼りになる治療法がないような場合には、患者にとっては看護師の暖かなケアが重要になり、むしろ看護師に多くの動きを期待することになる(1918年の場合がそうであったといわれている。現在のH5インフルエンザも、重症例ではそれに近いものがあり、今後やってくるものも、場合によってはそうしたこともあるかもしれない)。

「インフルエンサ、肺炎のどちらにも有効な医療技術はなく、抗生物質もなかったために、病人にとっては看護婦の方が、医師以上に大切な存在だった。温かな食事、暖かな毛布、新鮮な空気、そして看護婦自身が皮肉を込めて「TLC」と呼んでいた「優しく愛情に満ちた看護(Tender Loving Care)」が、患者の命をつなぎ止め、この病気が過ぎ去るまでのあいだをもちこたえさせるのだった。これこそが1918年当時の奇跡の妙薬であった。」
 A.W.クロスビー著 American Forgotten Pandemic 邦訳『史上最悪のインフルエンザ』(みすず書房)p.27
「むしろ看護婦の方が絶望的なまでに不足していた。当時、インフルエンザや肺炎に対してはその場しのぎの治療法しかなかったため、医師はインフルエンザとの闘いに不可欠な存在というわけではなかった。」
 同上 p.70
「パンデミックによって甚大な担害を受けていたさまざまな地域同士のあいだで、すでに看護婦をめぐってせりまがいのことが起こり始めていた」
 同上 p.70

これは地方に限ったことではないが、看護師たちに十分に動いてもらうための方策も大事な戦略の1つである。これは同居家族関係を念頭に置いての発言である。独身独居の看護師は別として、同居家族をもった看護師にとっては、その世話や看病は、勤務状態に大きく影響してくる可能性がある。小さな子供をもった看護師にとっては子供の、高齢者を家族にもつ看護師にとってはその高齢者の世話や看病は、看護師としての勤務に優先する。地方の看護師は、そういった家族をもつ年動層が、都会と比べてたぶん多いはずである(ただし、申し訳ないがこれは筆者の印象で、実際に統計的数値をもっているわけではないことをお断りしておく)。よって、この点の配慮も必要ではないかということなのである。看護師本人の代わりにほかの誰かがそれをやるシステムを作るとか、忙しいなかにもそうした時間を作ってあげるとか、後は看護師がインフルエンザを家庭に持ち込まない工夫とか、医療従事者家族の予防も従事者本人に準じて考慮するとかいろいろ考え、方針(戦略)が決まれば、後の具体的なところは、戦術の範疇である。

従事者向けリスクコミュニケーションにおける戦略の必要性

ここまでの話で、医療従事者に働いてもらおうとする際に問題となるのが、筆者が本誌前号の拙稿「新型インフルエンザに関するガイドラインについて」の最後でも述べた、「脅し過ぎ」の問題である。この弊害は今回の「地方」に限った話ではない。

非常に致死率が高い現時点での東南アジアにおけるH5N1亜型鳥インフルエンザの重症例の話をこれでもかと聞かされ、またSARSでの様子が深層心理に焼きついた人たちのなかには、そんな恐ろしいものに自分はかかわりたくないと、今から腰が引けている人たちがいる。一般の人たちではなく、医療関係者の話である。新型インフルエンザに対すると銘打って、「完全防備で、患者をアイソレーターで運搬する」自治体の模擬訓練の様子を、得意げにテレビや報道写真でみせられたら、である。

本当は、どの程度の病原性のインフルエンザがパンデミックを起こすのか、起きてみなければわからない。非常に病原性の高いものに備えることの大切さは当然だが、説明は、ことさら恐怖を煽るようなことのないよう慎重にやるべきであろう。

やってくる前からあまりに新型インフルエンザが怖いものだという宣伝が過ぎると、過剰な恐怖感が先走って、やってくる前からすでにいろんな場面での協力が得られにくくなってしまう懸念である。パンデミック時、医療関係者の協力は不可欠である。彼らの心を逃がしてはならない。医療関係者に対する、今からの適切な(何をもって適切というか?)リスクコミュニケーションにおいても戦略が必要なのである。

6.戦略としての医療従事者の感染予防について

こうして大流行時、医療で働く人たちに多くをゆだねることになるが、彼らには、大きな負担とともに自分自身の感染の危険が待ち構えている。前者については彼らの職業人としての良心とプライドに期待してよいと思われるが、後者に関しては、それは単に自己犠牲といった美辞で片付けられる問題ではない。彼らに多くの報酬をとは言わない。せめてできるだけ身を守れるようにしてあげるのが、医療を施す側、受ける側双方にとっての利益である。数少ない地域の医療従事者に倒れられては、地域医療は成り立たないし、そうした配慮なしに身を挺して働けといわれても士気が上がろうはずもない。たとえ逃げ腰になったとしても、誰が非難できようか。

国の指針でも、ワクチンは優先的に医療従事者にまわすようだが、抗ウイルス薬の予防的使用については積極的ではない。どうもワクチンに対する理解不足からかインフルエンザワクチンに対する過剰な期待が先走っていて、ワクチンで事足れりとしているようにみえる。現行のワクチンでさえ、重症化阻止を謳い、感染防御、あるいは発症阻止に関しては医療現場の印象としてはどうにも頼りなげなのに(統計処理でマスとしては発症阻止にも有効だが、一人ひとりは統計確率ではなく、罹るか罹らないかのオール・オア・ナンであり、インフルエンザワクチン接種者がインフルエンザに罹ることなど、日常茶飯事である)、新型だけ万全の発症阻止が期待できるとは到底思えない。医療従事者が山ほどいるならそれもよかろうが、医療従事者の絶対数の少ない地域では、彼らの発症は、医療「システム」の命取りになりかねない。少なくともこうした事情の地域では、彼らへの抗ウイルス薬の予防投与は、ぜひ必要である(これは戦略というより戦術の範疇かもしれないが)。地域に患者が出ていない時期から何カ月間もやれというのではない。少なくとも、患者が何人も訪れてきたころからは、患者との接触の有無にかかわらず、予防投与を実行すべきである。だが、病院独自でそれをやれるところは非常に限られており、その実現のためには自治体(都道府県)の備蓄分のタミフル®についての基本戦略に、これが組み込まれることが絶対に必要である。

最後に

パンデミックは非常時か? 本連載は(やってきてみなければ程度はわからないが、程度の差こそあれ)、「イエス」の立場に立って続けている。非常時とはそれまでとは大きく違う危機的な状況である。筆者の基本的考え方は、そうした非常時にはそれなりに、これまでの枠組みを越えたやり方をしなければ対処できない、そうした対応をとるべきであるということである。そこを行政が理解しないと、パンデミック対策は、「あってなきがごとし」である。

それらの具体化を考えたときに、やる気のない役人は、そのための法的裏づけがない点で、あれはダメこれはダメと言い出しかねない。法的にクリアするための方策が簡単にみつからないときにこそ、住民のために何とかしてやるうというポジティブな態度をみせてほしいものだが、そうした態度を引き出していくのが、首長のリーダーシップだと思う。都会と違って、地方は行政組織も小さく、トップと下にいる職員たちとの距離はそれなりに近いはずである。そしてまた、地域の医療関係者たちとの距離も、である。地方ではリーダーの活躍の舞台は多い。

もう1つ、最後に、非常に大切なこと述べておきたい。それは、先に非常時という抽象的な言葉を使ったが、一体それは具体的にどういった事態になったときを言うのかである。いわば、引き金引きのタイミングの問題である。それは単にフェーズといった大雑把な話ではない。いろんな戦略を事前に準備したはよいが、具体的に一体どうなったらそのそれぞれを実行に移すのか。それは、戦略決めと同時にセットとして決めておくべきことである。

次回は、医療以外の面での戦略と、地域が抱える問題点と新型対策自体が内包する問題点について考えてみたい。

(なお本稿は、メディカルレビュー社 『インフルエンザ』 2007年7月号に掲載されました。)

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